帰宅して直に持っていたカツカレー弁当をダイニングテーブルに置くのと、和室から「おい」と祖父に呼びつけられるのが同時だった。
健一は弁当のフィルムを剥がしながら、「何」と声を張り上げる。
「おい」
もう一度繰り返されて、オムツ交換だとわかった。祖父は水が欲しいときや背中が痒いときは、「水」「背中」と言う。しかも、この声のトーンは大の方だ。
途端に食欲が失せた。やっぱりおろしポン酢唐揚げ弁当の方にしておけばよかった。エコ割シールさえ貼られていなければ、カレーなんて選ばなかったのに。
可動式間仕切りを開けて和室に入ると、案の定祖父は顎をしゃくって自らの下半身を示した。健一がサイドテーブルに置かれている濡れタオルを手に取ったところで電子音が鳴り、ポケットからスマートフォンを取り出してアラームを止める。
「ちょっとトイレ」
「あ?」
健一は「すぐ戻るから」と言い残して濡れタオルをサイドテーブルに放り、トイレへ向かった。便座に座るなりスマートフォンで漫画アプリを開く。
ドアの向こう側から甲高いメロディ音が響き始めた。約一年前に脳梗塞を起こした後遺症で左片麻痺が残り、さらにふた月前に転倒して右腕を骨折してしまった祖父のために購入した家庭用ナースコールだ。一回押すだけで妙に軽快な音色が十秒以上流れ続けるのが、いちいち癇に障る。
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source : 週刊文春 2026年3月5日号






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