織田信長は朝廷と一定の距離を保った。一方秀吉は、わずか9カ月で関白に就任するや、朝廷の官位システムに目をつける。諸大名を序列化する、彼の秘策とは。
天正12年(1584)3月、羽柴秀吉と織田信雄・徳川家康連合軍が小牧・長久手で衝突。戦闘は長期化、苦戦した秀吉は、11月、織田信雄を懐柔して講和に持ち込みます。続いて家康も人質を大坂の秀吉へ送ることで和議を結び、ようやく戦いは終結しました。
戦闘が続いていた10月、秀吉のもとに、朝廷から叙任の勅使が初めてやってきます。実は秀吉、この時点で無位無官でした。そこから、従五位下左近衛権少将、従三位権大納言、従二位内大臣と一足飛びに昇進し、翌年7月、摂関家の次期関白をめぐる争いに便乗して、近衛前久の猶子として、関白宣下を受けます。たった9カ月で位人臣を極めてしまったのです。
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source : 週刊文春 2026年5月7日・14日号
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