「お屋形様に未来永劫背くことがあってはならない」。

 

 “甲斐の虎”と恐れられた武田信玄に対する忠誠を、弟の信繁(のぶしげ)はなぜ「家訓」として子孫に遺したのか。

 信玄(晴信)と信繁は母が同じで、4歳違いの兄弟でした。のちに信玄が追放する父信虎は、弟の信繁を可愛がっていて、信玄は廃嫡される可能性もありましたが、信繁は兄をよく支え、領国経営に邁進します。

 天文11年(1542)以降、隣国信濃へ侵攻したのを皮切りに、武田氏の版図は上野国西部、飛騨国、駿河国に及びました。周辺勢力との戦いは続き、とくに“越後の龍”長尾景虎(上杉謙信)との5回に及ぶ川中島の合戦は有名です。第四次合戦は、信玄と謙信の“一騎打ち”伝説が残されるほどの激戦で、信繁は奮戦し討ち死にを遂げました。

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source : 週刊文春 2026年5月7日・14日号