『ドキュメント72時間』は「何も起こらない」時間こそが見どころだと思う。よく知らない世界の、さしてドラマチックでもない出来事が淡々と流れていくのを味わうのがいいんだ。たとえて言うなら「コンブだけで取ったダシに塩をひとつまみ入れた吸い物」のような味わいである。がぶがぶ飲んだら味もわからないが静かに口に含むと滋味があふれ出る……それが『ドキュメント72時間』の楽しみ方。

 で、『走れ!さすらいの地方競馬』で笠松競馬場の72時間である。

 バクチ場というのは非日常空間で、それだけでエモいものであり純文学としても大衆文学としても成り立つ場だ。こういうところを舞台にするといかにも絵になりそう。しかし「いいお話」に堕してしまう危険性も高い。バクチ場関係では「福岡競艇場のすぐそばにある酒場」の回があったがあれはまさに「うす味の吸い物」的な名作だった。一方、「船橋オートレース最後の日」を撮った72時間は、最後の日をことさら淡々と描いたせいで「これ、狙ってきてるよな……」とノレなかった。めんどくさい視聴者で申し訳ない。いい番組だと思うと期待値のハードルが上がるんですよ。

 笠松競馬場は、スタンドは古いし場内に人はまばら(『ウマ娘』がらみのイベントがある時だけ馬券も買わないウマ娘ファンが押し寄せるが)、手すりは錆びつき壁のペンキは剥げ剥げ。1レース100円の場立ち予想屋。「勝つんじゃなくて負けてこそ本当のバクチ」と語る客のジイさんは50年ここに通ってるという。

※写真はイメージ ©Paylessimages/イメージマート

 中央から下りてきた馬を応援に笠松までやってきた女の人たち。小中学生の子供を連れてやってきた若いお父さん。オグリキャップのファンだという外国人旅行者。岐阜の片田舎の競馬場は、ゆるい空気をまといながら静かにそこにある。そしていつまでも錆びついてペンキが剝げていい具合に体に馴染んだようなたたずまいでそこにあり続けるのだろう……と、これを見ているとそんな気持ちになるがそうはいかないんだ。

 今や競馬もネット投票が主流になって売り上げが上がり、おかげで施設の改修が進み、笠松もいずれスタンド改修で「コンパクトで小ぎれいな競馬場」になってしまう(か、売り上げが悪くて廃止になる)。この笠松競馬場の空気は早晩なくなるに違いない(と勝手に思っている)。

 撮ってる側はそのことを意識して「今のこのゆるゆるな空気」を30分にまとめたのだろうか。そこまで狙ってないだろうな。だからこのあっさりした味わいが出てよかったのだ。

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source : 週刊文春 2026年5月28日号