「こういうのって72時間までじゃないんですか?」

 スタジオでVTRを見ていた銀シャリ橋本はそう言って笑った。番組のタイトル通り『ひとりのDがひとつの店にひと月通う』という企画。つまり、1箇所に31日間通うのだ。撮影時間は実に270時間に及んだという。ディレクターは、同局の長寿番組『出没!アド街ック天国』を担当する32歳の田中光。墨田区にある小さな居酒屋「三祐酒場八広店」の年末年始に密着した。

番組HPより

「ひと月撮影、本当に大丈夫ですか?」と田中Dが念を押すと「平気ですよ、全然」と2代目店主の「晋ちゃん」は平然と答える。実はこのお店は、昨年『アド街』で墨田区曳舟を特集した際に、5位にランクインしていた。だが、放送時間はわずか1分。Dはこの店を「もっと見せたい」と思い番組を企画した。『アド街』では通常、DとADが二人で組んで1ヶ月半ほど自分たちで街を歩いて1回の放送を作る。番組を立ち上げたハウフルスの菅原正豊に話を聞いたことがあるが、「ロケ先の人にとっては、大抵初めて会うテレビ業界の人。だからこそちゃんとしないといけない」「インタビューを1時間近く撮っても、1分程度しか使えないとする。だったら、一番いいところ、一番いい表情をしたところを使わないといけない」と、いかに丁寧に誠実に取材するかにこだわっていた。そんな取材だったからこそ、信頼を得て、こんな無茶な企画を引き受けてくれたのだろう。開店から閉店まで撮影するので、終電がなくなってしまうため、田中Dは、近所のマンスリーマンションを借りたというから尋常ではない。

 晋ちゃんがワンオペでつくる70種類以上の食事メニューがたまらなく美味そうで、長年通う常連客も多い。下町らしく、客同士や店員との距離も近い。愛すべきキャラも多く、そのやりとりに自然と笑顔になってしまう。晋ちゃんと18歳の息子との関係性や病床の妻への愛情も含めて、まさに「人生の交差点」。喜怒哀楽すべてが詰まっていた。

『アド街』で1分だった放送時間が、90分番組になったが、まったく長いとは感じずに、終わりが近づいてくる頃には、まだ終わってほしくないと寂しくなってしまうほど。それは、Dも店側も常連客も一緒だったようで、「田中さん帰っちゃうかなって、その前に来た」と店に訪れる客も少なくなかった。「俺らの使命は田中光Dが練馬から、こっち(墨田区)に引っ越してくるか来ないか」とバイトリーダーと笑い合う晋ちゃん。そして最終日、Dは「墨田区に引っ越します!」と宣言するのだ。

 前述の菅原は「モノづくりには作り手の『人格』が出ます」と語っていたが、まさに温かな人格が溢れた番組だった。

『ひとりのDがひとつの店にひと月通う』
テレビ東京 特別番組
https://www.tv-tokyo.co.jp/hitori_d/

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source : 週刊文春 2026年6月4日号