「欲しいと思ったものを手に入れると、その欲しかったものは消えてなくなる。後に残るのは妄想だけ……」

 2001年にカンヌに出品された映画「月の砂漠」で効果的に使われていたこの台詞が、そのあと何年も心にずっと尾を引いていた。

 なにしろ、この台詞を口にした主人公、私と同じようなITベンチャー経営者である。時代の寵児となって上場したにも関わらず、妻子には逃げられ、会社は倒産の危機に直面し、仲間たちも離れていく。家庭も、社会的な地位も、何もかも失ったあとに脳裏に響き渡るのが、冒頭の台詞である。作品の紹介文には、「孤独、焦燥、寂しさ、倦怠、哀しみ。時代を先取りする埋めようのない喪失感を抱えた男の物語」とあった。

 そもそも物語の主人公の人物像に、当時の私の要素もどこか反映されていたような気がしてならない。この頃の私は、ネットバブルで時代の寵児となり上場してから1年半ほど経過した28歳。結婚はまだだった。

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source : 週刊文春 2026年6月18日号