「連盟は、選手間の人種、宗教、政治的な差別を防ぐことを目的とする」
かつてFIFA(国際サッカー連盟)の憲章にはこのような条項があった。よく「政治とスポーツは切り離すべき」という議論があるが、机上の空論だろう。どうしたって両者は不可分なものだ。ワールドカップ(以下、W杯)というオリンピックにも匹敵する国際的なイベントともなれば、なおさらだ。開幕を前に多くの特別番組が組まれるなか、その大半は日本代表に関するものだったが、『映像の世紀バタフライエフェクト』は異彩を放っていた。単なるスポーツの祭典ではないW杯の功罪に焦点をあて、その熱狂の歴史に迫ったのだ。
ウルグアイで開催された第1回大会の映像はあまりにも貴重だったし、ムッソリーニ時代のイタリア大会では、いかにファシズムの喧伝に利用されたかも克明に記録されていた。一方、敗戦国となったドイツの誇りを取り戻したのは、西ドイツ代表が優勝したことだった。その西ドイツに東ドイツがW杯の舞台で勝利したことがある。そこで決勝点を決めたのがシュパールヴァッサー。国民的英雄となり、このゴールの映像は、何度となく西側への“挑発”として使われた。しかし、反体制感情の高まりとともに、皮肉にも選手本人に憎悪が向けられてしまう。なんと残酷な話だろう。
ネルソン・マンデラは、反アパルトヘイト運動に身を投じた結果、政治犯として「監獄島」と呼ばれたロベン島の刑務所に収監された。その囚人たちにとって、ラジオから流れてくるW杯の中継が唯一の楽しみだったという。看守との交渉の末、サッカーを楽しむようになり、なんと「マカナ・サッカー協会」という組織まで設立した。その拠り所となったのが、冒頭に引いたFIFAの憲章をもとに作った、独自の憲章だった。時を経てアパルトヘイトを撤廃した南アフリカで、2010年にW杯が開催される。その南アフリカの新憲法起草に携わったひとりが、かつてマカナ・サッカー協会の憲章を作った人物だったという。まさに“大河の一滴”を思わせる話だ。
「今日、国が一丸となって戦えることを証明しました」
W杯出場を決めた直後のロッカールームで、コートジボワール代表のキャプテン・ドログバは、当時4年におよぶ内戦が続いていた祖国の国民に向け、カメラの前でこう訴えた。

「ひざまずいてお願いします。互いに許し合ってください。どうか武器を置いてください。私たちはただ楽しみたいのです」
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source : 週刊文春 2026年6月25日号






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