キクチ いま思ったんですが、食べ物を食べながらの演技をされているとき、食べることをエンジンにされているんでしょうか? 『ゴッドファーザー』でマーロン・ブランドが膝の上にいた猫をエンジンにしたように。
それもあるかもしれないね。食べることで意図しないリズムや感触が生まれてくる。食べた物がのどにつっかえるのも、すごくいい。自然に間ができるでしょ。とても面白い。
意図的な間も必要だけど、せりふのあいだに食べ物を飲み込むと不思議な間になる。そしてその間がどこに来るか分からない。とんでもないところに来れば来るほどせりふが生き生きしてくる。
普通は食べながらではせりふがうまく言えないから嫌がるよね。いい加減にしてください、食べながらではできません。
僕は違うんだ。僕は大事な場面ほど、飲み食いしたほうがやりやすいんじゃないかと思う。せりふをうまく言えないってところが、演技を自由にしてくれるわけだな。だいたい僕は美しいせりふを美しく謳い上げるのが苦手でね。だから二枚目はできないんだ。
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source : 週刊文春 2026年8月13日・20日号
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