わたしには邦楽の作曲をしている3歳下の弟がいる。
わたしがガンになってから、身体を気づかって毎日電話をくれる。というか、こちらから電話をかけて、何があったかを報告する。
「やあ、オレだよ。ま、オレじゃなきゃ誰だという難問が出てくるが」
「そうなったらオレが教えてやるよ。体調はどう?」
「抗がん剤の副作用で仕事ができない。今日も1行も書けなかった」
「つらいな」
「ただ、抗がん剤の副作用がなくても書けなかっただろう。それだけが唯一の慰めだ」
「じゃあ、抗がん剤の副作用があってよかった」
「お前の方はどう? 作曲は進んでいるか?」
「昨日少し前進したのだが、今日それを削除した」
「1歩進んで2歩下がる状態だな。兄弟だけあって、こちらも同じような状態だ。1行書いて2行削除。書けば書くほど後退する状態だ。とにかく書けなくて苦悩の日々だ」
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source : 週刊文春 2026年10月15日号
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