これまで周囲からさまざまな扱いを受けてきた。
子どものころはかわいがられた。子どものころの写真を見ても、かわいがらずにいられない風貌をしている。このため、世の中をナメた甘えん坊になるのを警戒した親は、右顧左眄することのない凜とした人間に育てようとして、折りに触れてわたしを殴るまでして叱った。こんなかわいい子をなぜ殴ることができたのかいまだに理解できないが、当時は家庭でも学校でもそれが当たり前だった。その教育の結果、わたしはコワいと思ったら逃げ回る甘ったれた人間になった。
しかしある時から周囲の扱いは変わった。かわいがられることも叱られることもなくなり、殴られることもなくなった。この時期がかなり長い間続き、自由闊達に、わがままに生きられると思い始めたころ、ある日突然、「お若いですね」「お元気そうですね」とホメられるようになった。
ホメられる頻度が上がると、「元気ですね」という見方と矛盾するようだが、電車で席を譲られることが増えてきた。このあたたかい扱いを受けてわたしはこう思った。いままで誠実に生きてきた報いが訪れるようになった、と。
世間がやさしくなってしばらくすると、見知らぬ人からも「大丈夫ですか」と声をかけられることが増えてくる。とくに、つまずいたり、階段を上るのに時間がかかるようになると、親切に心配してくれるし、親戚の若い子は荷物をもってくれるし、車に乗せてくれる。これらの子もちょっと前まではこっちが車に乗せていたのだ。そのころとは雲泥の差だ。小遣いを大幅に増したためかもしれない。
老人になると、誠実に生きていれば報いがある。実際、社会はまだ高齢者に対してやさしい。
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source : 週刊文春 2026年10月22日号
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