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一之輔、白酒…この落語家を聴け!|亀和田武×広瀬和生

談志、志ん朝、小三治… 次の名人を探せ! 文春落語「名人噺」

「週刊文春」編集部
エンタメ 芸能

 落語界に暗い影を落とした志ん朝の死。だが、その悲劇が契機となり、面白い噺家たちが続々と登場しているのだ。いま最も旬な噺家は誰か。
 

(かめわだたけし 1949年生まれ。作家、コラムニスト。著書に『60年代ポップ少年』『黄金のテレビデイズ』『雑誌に育てられた少年』『夢でもいいから』など。)
 

(ひろせかずお 1960年生まれ。東京大学工学部卒業。ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」編集長、落語評論家。70年代から落語ファンで、自ら落語会のプロデュースも手掛ける。著書に『噺は生きている』『21世紀落語史』など。)

亀和田 僕が広瀬さんと初めて会ったのは、もう30年以上前の1987年です。当時、広瀬さんはほぼ毎日落語会もしくは寄席に通っていましたよね。今はどれくらいのペースで?

 

広瀬 生の落語に接するのは年間300日くらい。今は配信も多いですから、それを合わせると年間1500席ほどは聴いてます。

 

亀和田 相変わらずすごい数ですね。広瀬さんは、音楽誌「BURRN!」の編集長でもありますが、当時は同誌の新人編集者として僕を担当してくれていた。月1回の連載の原稿をファックスで送ることもできたけれど、僕は広瀬さんと落語の話をしたくて、編集部まで届けに行っていました。

広瀬 大事なブツの受け渡しもありましたしね(笑)。

亀和田 そうそう! 広瀬さんが学生時代から録りためた、落語番組の秘蔵VHSビデオテープ。TBSの「落語特選会」やNHKの「夜の指定席」などが録画されたビデオを毎回お借りして。僕はこれで初めて古今亭志ん朝の「酢豆腐」を聴いたんです。一発で志ん朝さんの虜になってしまってね。

広瀬 春風亭昇太がよく言っていますが、落語は最初に誰を聴くかがものすごく大事。最初につまらない噺を聴いちゃうと、なんだ落語って面白くないじゃないかと思ってしまう。落語ファンとしてはそうなってほしくなくて、まずは志ん朝をお貸ししたんです。

昇太

亀和田 ほかにも立川談志、五代目三遊亭圓楽、五代目月の家圓鏡(後の八代目橘家圓蔵)、柳家小三治など沢山お借りして。なかでも印象深いのが五代目圓楽の「中村仲蔵」でした。当時、圓楽は「笑点」の司会者というイメージで、落語好きには軽んじられてた。広瀬さんに「圓楽はすごく良いんですよ! とにかく見てください」と言われたときは、内心本当かなぁと。しかしいざ観始めたら、画面に釘付けになってしまった。途中から圓楽が泣きながら話すでしょう。最後まで目が離せませんでした。

広瀬 涙で聴き手を引き込む。まさに「泣き」の圓楽で、凄まじい力ですよね。

亀和田 つまり僕は広瀬さんから落語の本当を幅広く教わったんですね。広瀬さんは本業を続けながら、落語関係の著書を10冊以上出され、落語会のプロデュースもされている。先日はNHK新人落語大賞の審査員も務められたという活躍ぶりです。でも僕は80年代の後半から直々に教えを乞うていますからね。「広瀬さんの最初の弟子」と公言してもいいですかね?

広瀬 はい(笑)。でもその「稽古」もいっとき休みに入りましたよね。僕が亀和田さんの担当から外れて。

亀和田 それでお会いする機会が減ってしまったんです。そして2001年に志ん朝が急逝して。多くの志ん朝ファンと同じように、僕は悲しくて悲しくて、心にぽっかり穴が空いたみたいになってね。寄席やホールに行く気がしなくなってしまった。そんな頃、編集部に電話をしたら、たまたま広瀬さんが出て衝撃的なことを言ったわけです。「亀和田さん! 今、落語界がすごく面白くなっています。志ん朝の死を契機に面白い噺家が続々出てきているんですよ!」って。

広瀬 志ん朝の死はもはや“事件”でした。小三治に10年にインタビューした際、彼は「志ん朝は死んじゃいけない。あの人は生きてなきゃいけない。それはファンのためにじゃなくて、噺家のために」と言っていた。志ん朝の死は、噺家にとって指揮官を亡くして迎えた敗戦のようなものだったと言った噺家もいます。それは計り知れない悲しみをもたらすのと同時に、彼らに危機意識を芽生えさせた。荒涼としたこの落語界を自分たちの手で何とかしなければと思わせたんです。

亀和田 それは、とくに若手の噺家たちが、あまりに大きな存在だった志ん朝という軛(くびき)から解き放たれた瞬間でもあったわけですよね。

広瀬 そうなんです。志ん朝というめざすべき「正解」を失った若手の噺家たちが「自分の落語」をこしらえ始めた。しかもちょうどそのとき、落語界には立川談春、志の輔、志らく、柳家さん喬、権太楼、五街道雲助、春風亭一朝、古今亭志ん五といった“充実した中堅層”、林家たい平、柳家喬太郎、春風亭昇太、柳家花緑らの“イキのいい若手”がいた。機は熟したとばかりに、彼らが花を咲かせていったんです。

亀和田 師匠にそう言われたら再び落語を聴かないわけにはいかない。広瀬さんがプロデュースする北沢タウンホールの落語会をはじめとして、再び寄席やホールに通うようになりました。僕の「落語ブーム第二期」のスタートです。で、最初に唸ったのが桃月庵白酒。

白酒(本人HP)

「志ん朝が宿っている」

広瀬 白酒は最高ですね。2005年に真打昇進。彼は期待を絶対に裏切らない最高に面白い噺をやります。笑いのセンスが鋭くて、古典にオリジナルのセリフを放り込んで爆笑噺を作りあげます。「芝浜」はもともと泣ける噺ですが、それすらも白酒がやると爆笑が出る。しかも彼はあの柔らかい風貌からは想像しにくい「毒」も持っていて、独特の皮肉を含んだギャグをごく自然に溶け込ませる。だから僕は彼の古典を、「羊の皮を被った狼のような古典落語」とよく言ってます。

亀和田 しかも白酒は面白いだけじゃない。朗々と響く声で、口跡が綺麗。町の若旦那をやっても実に艶っぽくなる。僕はね、そこが志ん朝にそっくりだと思っているんです。志ん朝は佇まいが二枚目で、白酒はぽっちゃりしたお相撲さんタイプ。見た目はまるで違うけれど、彼は志ん朝のテイストを本質的に持っているような気がするんです。

広瀬 わかります! 彼の仕草とトーンと間。そこには志ん朝が宿っている。でも志ん朝とは違う毒がある。

亀和田 物真似ではなく、自然に滲み出てしまうという感じなんでしょう。あえて番付をすると、西の横綱は白酒かな。

広瀬 僕は、西の横綱は三遊亭兼好ですね。

兼好(日本コロムビアHP)

亀和田 兼好も、僕の中では1、2を争う面白さです。ともかくハズレがない。高座に上がるなり、満面の笑みで「いやあ、みなさんお綺麗な方ばかり」とか言ってね。その表情が「笑い仮面」みたいで、心がまったくこもっていないの。でも、それがまたいい(笑)。

広瀬 兼好は笑顔で人を刺すような毒を持っていますね。まくらでサラッと政治家を批判したり。

亀和田 そして噺が始まると、どっかんどっかん面白くなって、腹がよじれるくらいに笑えるんです。

広瀬 兼好の落語はメリハリが効いていてとにかく明るく楽しい。彼はもともと河岸で働いていて、28歳で初めて落語を聴き三遊亭好楽に弟子入り、そのときすでに妻子がいたという変わり種。2008年に真打に昇進しています。彼の落語は屈託がないですね。

亀和田 一部には「兼好の落語は……」なんて侮る人もいますよね。

広瀬 はい。五代目圓楽師匠の肝入りで1974年に発足した「にっかん飛切落語会」という若手二つ目を応援する会があるんです。この会は若手に賞を与えるのですが、兼好は二つ目のとき、その審査で演芸評論家などの先生方に酷評されていました。「あんなに明るい御隠居はいない」「最初から最後までテンションが高すぎる」などと。いやいや、それが彼の面白さです! と僕は抗議したくなりましたけどね(笑)。

亀和田 そういう部分はかつての五代目月の家圓鏡と通じるところがありませんか。エバラ焼肉のたれやメガネクリンビューのCMでお馴染みだったあの方も、落語はものすごく面白かったのに、通からは「なんだあいつは」って言われていたでしょう?

広瀬 圓鏡は当時邪道とされていた、現代語を古典の中に入れるということをすでにやっていました。今ではみんなやっていて、たとえば白酒は「禁酒番屋」で「どっこいしょ」と言うところを、「え、ドイツの将校?」なんて言う。また、圓鏡は客からリクエストをもらって二つの噺を同時に交互にやったり、先にオチを言ってしまったりと次々と新しいことをやっていた。

東の横綱に選ぶなら

亀和田 でも落語通にはそれが気に食わない。

広瀬 そう。いつの時代も好事家たちは新しいものを認めませんからね。かつての落語通たちは三代目三遊亭金馬の落語を「あれはラジオで子どもたちが聞く素人向けの落語だ」と酷評していましたが、名人、桂文楽は「金馬のうまさがわからないなんて、あいつらに何がわかるんだ」と憤っていたそうです。そもそも「落語はこうあるべき」という概念があるのがおかしいですよ。でも兼好はそんな好事家たちの戯言を吹き飛ばすような勢いでグングン面白くなっていますから、とにかくお勧めです。ほかにも、柳亭市馬、三遊亭白鳥、橘家文蔵……、旬の落語家はまだまだいます。

亀和田 最近は女性の落語家も増えてきていますね。

こみち(落語協会HP)

広瀬 はい、ぜひ聴いてほしい。僕がとくにおすすめするのは2017年に真打に昇進した柳亭こみち。彼女は古典落語の主人公を女性に置き換える演出をしていて、今後の快進撃が実に楽しみ。もう一人は2021年3月に真打に昇進したばかりの弁財亭和泉。彼女は女性の目線で見た、女性の新作落語をやっています。OLが主人公だったり、子連れ出勤をテーマにしたりと面白い。

和泉(落語協会HP)

亀和田 旬の噺家のなかで、広瀬さんが今あえて一人選ぶとしたら誰でしょう?

広瀬 それはもう、迷わず春風亭一之輔を推します。2012年に真打昇進。夏目漱石が三代目柳家小さんをこよなく愛し、『三四郎』に「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである。今から少し前に生れても小さんは聞けない。少し後れても同様だ」と書いたのは有名ですが、あれはまさに今の僕の一之輔への気持ち(笑)。彼と同時代に一緒にいられるのは本当に幸せです。「あなたは一之輔さんを好きすぎる」とお囃子さんに言われたこともあるくらいです。

亀和田 勢いと風格、どちらもある。僕も東の横綱に選ぶなら、一之輔だなぁ。

一之輔(落語協会HP)

広瀬 同感ですね。僕の好みを一旦脇に置いたとしても、彼はものすごい逸材です。「初天神」を初めて聴いたときの衝撃ときたら。「おとっつあん、あたい、おとっつあんのこと大好き」「そうか。おとっつあんは、オメェのこと、それほどでもネェ」「でも昔から言うよ。かくばかり偽り多き世の中に、子の可愛さはまことなりけり」「オメェが言うな!」……。正統派の人情噺もきっちり演じるスケールの大きさもあるし、一方で馬鹿馬鹿しい噺は死ぬほど馬鹿馬鹿しくやって笑わせる。彼の一番の長所は、自分が面白いと思って落語をやってることですね。暴走する自分に自分で笑うことがあるくらい。持ちネタは多いし、さらに増やし続けている。しかも得意ネタがどんどん進化していて、何度聴いても新鮮なんです。アドリブで噺を成長させていくんですね。志ん朝、談志、小三治といった名人の流れにはないですが、現代を生きる僕らにとって「これぞ落語」という存在です。

亀和田 ただ彼は大人気でチケットが非常に取りにくいんですよね。

広瀬 そうですね、国立演芸場でやってる独演会なんかはそれこそチケットが秒殺で売り切れますけど、大きな会場だとその気になれば取れるので、頑張って取ってみてください(笑)。

亀和田 最近僕は、四代目三遊亭萬橘も気に入っているというか、気になっています。

萬橘(本人HP)

「その一席は生涯で一度限り」

広瀬 萬橘もいいですよ! 2013年に真打に昇進した彼は何をやってもひねりが効いている、卓越した落語脳の持ち主です。あらゆる古典を「萬橘の古典」にしてしまう。彼は一見ちょっと暗くて屈折しているんだけど、聴き込んでいくとめちゃめちゃ面白いという。

亀和田 ただ、落語を初めて聴く人には少しハードルが高いかもしれませんね。

広瀬 初めて聴くなら、立川志の輔です。彼の独演会「志の輔らくご」に足を運んでほしい。彼は古典落語を現代人が共感できるものとして提供するとともに、老若男女誰もが楽しめる新作落語も素晴らしい。落語を普遍的なエンターテインメントとして提供するのが「志の輔らくご」なんです。

志の輔

亀和田 立川談春、柳家喬太郎も外せないですよね?

広瀬 名人の系譜を継ぐ談春、古典と新作の二刀流の喬太郎、二人ともチケットが取りにくいですが、現代の落語を語る上で欠かせない存在ですね。また、「笑点」の司会の印象で侮られがちですが、春風亭昇太も最高に面白い。彼は斬新な新作落語で人気を確立しましたが、実は古典がいい。彼は現代のギャグをほとんど入れず古典落語を実に面白く聴かせます。それぞれの噺の面白さの本質をつかみ、それを独自の感性で増幅させているから、結果的に現代人にとって身近な噺になるんです。現代落語界における「面白い落語の第一人者」と言っていいでしょう。

談春

亀和田 ところで、コロナ禍で落語も配信が増えました。でもやはり、落語は生で聴きたいものですよね。

広瀬 はい、落語は臨場感がすべてですからね。それはもう絶対ですね。そもそも僕は、落語は噺を聴きにいくのではなく、噺家に会いにいくものだと思っているんです。同じ噺家が同じ演目をやっても二度と同じものにはならない。その場のお客さんにも左右される。その一席は生涯で一度限り。そしてその場の空気は、そこに実際にいる者だけが感じられる特別なものです。

亀和田 その一回性が、贅沢な味になる。そういえば、広瀬さんは談志の「伝説の芝浜」と語り継がれる、2007年12月の一席を実際に見ているんですよね。

広瀬 はい。その時の「芝浜」をビデオで見て「大したことないね」って言う人がいますが、あの時のよみうりホールではもう空気がピリピリしていて。一体何が起きているのか。とんでもないことが起こっている、という感覚でした。でもその空気感は、DVDやオンラインでは伝わらない。だからやはり、断然落語は生が面白いです。

亀和田 で、その「生」を今宵どちらで?

広瀬 今宵は国立演芸場です(笑)。

(文中敬称略)

source : 週刊文春 2021年12月30日・2022年1月6日号

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