真打昇進前から、父の志ん生のほか正統派
落語の影響が濃い、とんでもない新人だった。
(こばやしのぶひこ 1932年東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。『ヒッチコックマガジン』編集長を経て作家に。2006年『うらなり』で菊池寛賞。他著に『名人 志ん生、そして志ん朝』『決定版 日本の喜劇人』など。)
古今亭志ん朝さんについて書くというのに、ためらっているのは、まず私がふさわしいかどうかということだ。
本当をいえば、若くして、きちんとした落語の本を出した故江國滋(えくにしげる)さんがふさわしかったと思う。江國さんとは話し合っても、ずれを感じるということがなかった。「文學界」(1994年11月号)で、江國さんと志ん朝さんが交わしている落語における〈芸〉の話は、とてもレヴェルが高いもので、発表された時、さすがは江國さんだと頭をさげた。
安藤鶴夫さんが個人雑誌を出したことがあったように記憶するが、〈くぼまん(久保田万太郎)〉でなければ〈あんつる(安藤鶴夫)〉と言われた時代に出されたその雑誌では、江國さんの見方がズバ抜けていた。私とはほぼ同年齢なのだが、人間の読みが深く、下世話な世界にもくわしかった。育ちの良さがにじみ出ていて、私のような下町の和菓子屋のせがれとは違っていた。
私の大学時代、人によって好みは違うが、落語家では桂文楽と古今亭志ん生の二人をトップとすることにまず間違いはなかった。
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source : 週刊文春 2021年12月30日・2022年1月6日号