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「私たちだけが知る落合博満」ジブリ作品で当てはまるキャラは…|『嫌われた監督』対談

「スタジオジブリ」鈴木敏夫×「嫌われた監督」鈴木忠平

「週刊文春」編集部
エンタメ スポーツ

 小誌連載を書籍化した「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」が12万部突破のベストセラーに。異端の将の魅力と素顔を、親交の深いスタジオジブリ・鈴木敏夫プロデューサーと著者の鈴木忠平氏が語り尽くす!

 

(すずきとしお 1948年、愛知県生まれ。72年、徳間書店入社。アニメ雑誌『アニメージュ』で副編集長、編集長を務めながら『風の谷のナウシカ』『火垂るの墓』などの製作に関わり、85年スタジオジブリ設立に参加。現在、代表取締役プロデューサー。ラジオ番組『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』(TOKYO FM/日曜23時)放送中。)

 

(すずきただひら 1977年、千葉県生まれ。名古屋外国語大学卒業後、日刊スポーツ新聞社でプロ野球を16年間担当した。2016年に独立し、現在フリーとして活動している。著書は『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』。また清原和博が自らを振り返った『清原和博 告白』『薬物依存症』の取材・構成も担当している。)

鈴木敏夫(以下、敏夫)『嫌われた監督』は雑誌連載中から読んでいました。

鈴木敏夫氏

鈴木忠平(以下、忠平) ありがとうございます。

鈴木忠平氏

敏夫 僕、連載ものは単行本になってから読むんですけど、これだけは毎回待てなくって。連載記事からかなり加筆されていますね。

忠平 はい。辞書みたいな厚さになってしまいました。

敏夫 2004年から2011年までの落合博満監督時代の中日に迫っていますが、中でも白眉は2007年の章。日本ハムとの日本シリーズ第5戦、日本シリーズ初の完全試合を目前に、ピッチャーを交代させた非情采配の舞台裏は本当に面白かった。この日のことは落合さんもさんざん語っているけど、真意はよく分からなかったんです。それを岡本真也投手の視点を通して描いたことで、とても具体的に分かりました。

忠平 敏夫さんは当時、あの場面で落合監督が投手を代えると思いましたか?

敏夫 何をするか分からない人だということは見てきているので、素人の僕ですらチラッとよぎりました。「史上初」のロマンより、勝つためにどうすべきかを考える人ですから。この本には、フォアボール獲得数が中日だけ飛び抜けていたことも書いてある。それも勝利の確率を上げるためです。得点は1点でも、堅固に守れば勝てると。

忠平 そういう戦い方を観て、楽しめるファンは少ないかもしれません。

敏夫 落合監督時代は、毎試合、芝居……というか映画を観ているようでした。毎回シナリオが違う。シーズン中は毎日が楽しくて、幸福な八年間でしたよ。

忠平 落合さんへの興味はいつから持たれたんですか。

敏夫 星野仙一監督が中日に呼ぶ前の、ロッテ時代からです。何といっても三冠王だし、神主打法と呼ばれたあの独特の打ち方が好きでねえ。僕は名古屋出身で中日が好きなんですけど、簡単に言うと野球ファン。アニメーションより、たぶん野球のほうが詳しい(笑)。実は、就職の時にも悩んだんです。創刊の時から愛読していた、中日スポーツの記者はどうだろうかと。

鈴木敏夫氏が惚れた“神主打法”

忠平 そうなんですか。

敏夫 だけどやめたんです。好きなものを仕事にしちゃいけないと。スポーツニッポンも受けて最終面接まで行ったんですけど、結局は駄目でした。それでスポーツ紙記者は諦め、徳間書店に入社し、『アサヒ芸能』の記者になったんです。

「なぜ嫌われるのか」と尋ねた

忠平 そうだったんですね。私は日刊スポーツの中日担当記者として、落合監督時代の8年間を取材しましたが、敏夫さんは本当に監督を理解しているという認識を持っていました。なかでも、監督の退任が決まった2011年のシーズン終了後、朝日新聞に載った敏夫さんのインタビューに、私は打ちのめされたんです。

敏夫 その記事、自分が覚えていないな(笑)。

忠平 記事の中で「落合野球の本質をもっと伝えられるプロデューサー的な人、そしてパトロン的な要素の人が必要だった」と話されていました。その指摘がとても腑に落ちて。なぜかというと、私は退任の理由を記事でうまく説明できなかったんです。人件費が球団経営を圧迫しているという金銭的なことを挙げたりもしましたが、自分でも釈然としていませんでした。

敏夫 お話を聞いて思い出してきました。監督を辞めたずっと後に、落合さんは「俺一人いたって優勝できねえんだよ。3人必要なんだ」とおっしゃっていた。監督とオーナー、そして、もう一人大事なんですって。

忠平 森繁和コーチのような右腕の存在……それとも奥様ですか?

敏夫 いや、球団社長。「その3人が揃った時に、優勝の条件は整う」って。

忠平 当時の中日だと、白井文吾オーナーと西川順之助球団社長ですね。その話、敏夫さんは理解できますか。

敏夫 できます。一人で何かをやろうとしても無理なんですよ。例えば、僕は徳間書店時代の『アニメージュ』というアニメ雑誌も、その後のスタジオジブリの経営も上手くいったんですけど、そこには大事な人がいたんです。落合さんからその話を聞いたとき、徳間書店の徳間康快社長と、前編集長の尾形英夫さんの顔がすぐに浮かびましたもん。

忠平 落合監督が辞める半年前に西川社長が退任しています。監督を辞めた理由がそこにあったのかは分かりませんが、そう考えると、敏夫さんが話されたプロデューサー的な人、パトロン的な人というのは……。

敏夫 それですよ。僕が記事でそうしゃべっていたのなら、落合さんの話と一致していたんですね。

忠平 敏夫さんは、落合さんという存在をすごく楽しんでおられますよね。

敏夫 現役時代からずっとそうです。星野監督が大トレードで中日に呼びましたが、何をやってくれるんだろう、と。そしたら四番バッターとして1988年の中日優勝に大きく貢献した。それで巨人へ移籍したりして、今度は監督として中日に帰ってきた。そういう人生がまるごと面白くて。

忠平 落合野球の面白さとは何ですか?

敏夫 試合の中身ですね。落合監督時代はCS放送で全試合録画して夜中に一人で見てました。例えばピッチャーの山本昌。5回までは0点に抑えるんですけど、6回に必ず打たれる。でも落合さんは投げさせる。

忠平 ありましたね(笑)。

敏夫 これでもかっていうくらい投げなきゃいけなくて、山本昌が嫌そうにマウンドにあがる、というね。

忠平 落合さんも分かっているんですよね。

敏夫 そうなんです。山井大介も、ずっと負けていたのに先発で使い続けて、何回目かでようやく勝てたシーズンがありました。そういう落合さんの我慢強さは勉強になりました。起用を楽しんでいるんですよね。落合さんのチーム作りは、シーズン中、大体100試合までは選手たちの状態を試しながら使っていますよね。

2007年、日本一達成後に山井投手をねぎらう

忠平 だから、後半から勝ち出すんです。

敏夫 そう。後半の勝率が異様に高い。あらゆる選手にチャンスを与えていて、見ていて気持ちがよかった。

忠平 そういう楽しみ方ができるのは、お仕事柄からくるのでしょうか?

敏夫 好きなだけです。自分だけが知っている愉しみみたいなもので。だから僕、大野雄大投手の一軍デビュー戦も忘れられないんです。

忠平 2011年、リーグ優勝をかけた巨人戦でした。

敏夫 東京ドームのバックネット裏で観戦していたんですけど、あと一勝で優勝なのに「なんで新人を先発させるの?」って思いましたよ。

忠平 しかも、そんなに余裕のある状況ではなかった。

敏夫 そうですよ。勝てなかったらどうするんだろうと思ったら、案の定打たれまくって負けました。僕の席からは大野の表情が全部見えたんですけど、真っ青なんです。でも落合さんはニヤニヤしている。3回までに7点取られたのに4回まで投げさせた。ああいうのは面白かったですね。

忠平 すでに監督退任は決まっていたけど、翌年からの戦力になる大野に大舞台を経験させたんですよね。

敏夫 常にシナリオを描いている。普通は「あと何勝で優勝」と考えるのに、落合さんは「あと〇試合負けていいんだ」と言うし。白井オーナーの言い方だと「落合の野球はガラス細工」。それを積み上げていくような面白さが僕もすごくわかるから、「一つ崩れると駄目なんですよね」なんて白井さんと話したこともあります。白井さんは本当に落合野球が好きだったんだと思いますね。退任の際、とても寂しそうにされていましたから。

忠平 中日が優勝すると、名古屋の中心街をパレードして、最後、栄のセントラルパークの特設舞台で挨拶がありますよね。記者時代、そこで敏夫さんが挨拶された言葉をメモしては、翌日の紙面に載せていました。

敏夫 地元ですからいろんなご縁があって、2006年だったか、中日新聞の方から依頼されたんです。「パレードの後でちょっとした食事会があるので、そこへ参加していただけませんか」と。県知事や市長、中部地方の財界の方たちも出席する会なんですが、そこで落合さんは一言もしゃべらないんだそうです。

忠平 一言も、ですか?

敏夫 それで「鈴木さんの力で監督の口をこじ開けてほしい」と(笑)。でも、ハイ分かりました、とはいかないですよ。付き合いもあるから参加することは決めたんですが、約束なんてできないでしょう。それなのに当日、会場で案内された席が落合さんの正面。そんなバカな! ですよ。

忠平 そうでしょうね(笑)。

敏夫 僕は、好きな人って遠くから見ていたいので、落合さんとも知り合いにはならずに、ファンとして見ていたかったんですよ。

 それで食事が始まったんですけど、本当に無言で。偉い方が話しかけたんですが、無視していた(笑)。そんな状況だから僕はすぐ食べ終わってしまって。気がついたら落合さんも食べ終わっていた。さぁどうしよう、と思いますよね。そしたら、落合さんの方から話しかけてくれたんです。

忠平 敏夫さんにですか?

敏夫 「あの予告編の作り方は……」と言い出したんですよ。『ゲド戦記』だったか……予告編についての話を。僕、ビックリしちゃって。気が付いたら、「実は映画が大好きで」という話になり、残りわずかな時間でしたけど、映画の話をダーッとされたんです。

 食事会が終わって、白井さんと名刺交換したんですけど「落合、しゃべるでしょう」と嬉しそうでした。

忠平 白井さんのお顔が浮かびます。

敏夫 実は後日談があって。食事会への出席を引き受けるかわりに、僕のラジオ番組に落合さんに出ていただきたい、とお願いしたんです。そしたら五分だけいただけることになった。その時間だといくつも聞けないので質問は一つに絞りました。「監督はみんなに嫌われてますよね。そのことをどう思っていますか」って。

忠平 なかなかの質問(笑)。

敏夫 一発勝負です。元週刊誌記者ですから(笑)。その質問に落合さんはじーっと考え始めたんです。そうしたらマネージャーさんが「監督、お時間です」って。

忠平 5分経ってしまった。

敏夫 ところが落合さんは「みんな先に行ってくれ」って。次の予定があって、車も準備されていたのに、落合さんは「俺はあとからタクシーで行くから」って躊躇(ためら)いませんでした。そして、ようやく出てきた言葉が「俺も監督じゃなかったら、そうはならないよ」って。この一言は重かった。他にも「選手ってものすごい難しいんだよ。鈴木さんも分かるだろうけど、けなしても、褒めても駄目なんだ」とおっしゃったのを覚えています。

忠平 つまり、確信的に黙っていたということですね。あの無口で不愛想なイメージを作るために。

敏夫 そうです。

忠平 難しい質問かもしれませんが、ジブリ作品で当てはまる落合さんのキャラクターは何だと思いますか。

敏夫 『紅の豚』の主人公、ポルコ・ロッソでしょうか。

忠平 実は、落合さんの連載を始めるにあたり、人物のイメージとして誰かをモデルにしたいと思っていました。私もやっぱり『紅の豚』が大好きで、ポルコ・ロッソを想いながら書かせていただいたんですよ。

敏夫 そうなんですか。落合さんも『紅の豚』が好きだとおっしゃっていました。

忠平 ファシズムが台頭する時代に背を向けながら、孤高の生き方を貫く、そんな姿が落合さんと重なる気がして。口を開いても、みなまで言わないところも。

『紅の豚』の主人公、ポルコ・ロッソ ©1992 Studio Ghibli・NN

敏夫 映画で言うと、落合さんがこれまで観られた本数は半端じゃないんですよ。本人は否定したけど、映画のプロデューサーをやったって成功する人です。とにかく細かいところをよく見ていて、しかも作品についてじっくり考える人なんですよね。自分で納得しないと駄目なんでしょうね。

忠平 プロデューサー的な要素を持っているんですね。

忘れられない3つの言葉

 

敏夫 実は、人を楽しませる人なんだと思いますよ。僕は監督就任の時に言った3つの言葉が忘れられない。「トレードはせずに全選手の力を10%上げる」。例えば鉄壁のセンターラインを作ったでしょう。守備は一人だけ巧くてもダメ。荒木・井端の完璧な連携を見た時、これがプロだよなぁって何度も思いましたよ。それから「キャンプ初日に紅白戦をやる」。この日、ベンチからは一切サインを出さなかったんです。でも選手はコーチや監督の方ばっかり気にしている。テレビで見ながら、本当に面白い野球でワクワクしました。

忠平 3つ目が「優勝する」でした。本当に1年目でリーグ優勝しましたよね。

敏夫 キャンプ入りして間もない頃、球団の人が僕にこう言ったんです。「本当に優勝するかもしれませんよ」って。理由を訊いたら「選手が楽しそうに練習していて、今までと違う」と。

忠平 選手からは嫌われていなかったんですかね。

敏夫 選手が落合さんにタメ口でしたからね。驚きましたよ。もちろん若い選手は違いますけど、森野将彦から「監督、また嘘言ってるでしょ」って言われて、ニコニコしてる落合さんを見たこともありますしね。

 さっきも言いましたけど、僕は好きな人は遠くから見ていたいから、自分からは積極的に近寄らない。運が良かったのは、仕事とかで会わなければならなくなった時に、必ず相手の方がいい人だったんですね。落合さんもそうでした。

忠平 宮崎駿監督との出会いもそうですよね。

敏夫 宮さんとの出会い? それはカチンときましたよ(笑)。アニメージュの取材で会った時、「子どもをだまくらかして、本を売って儲けるつもりだろう」みたいに言われ、何もしゃべらないから、宮さんが描いてる横に座り続けたんです。でも、目も合わせてくれない。口をきいてくれたのは3日目で、そこからの関係です。鈴木さんも、誰も寄り付かない落合さんに張りついたわけでしょう?

忠平 落合さんの話を聞くのが面白かったんですよね。本にも書きましたが、初めて会った日はまったく相手にされませんでしたけど。

敏夫 でも鈴木さんへの信頼があったんだと思います。納得がいかなければ黙ってはいない人でしょうから。

忠平 何も語らない方なので、この本のことをどう思っているのかは察するしかありません。ただ、私としては、良し悪し、好き嫌いではなく、落合さんを通して、仕事とは、プロとは、を提起したつもりです。

480ページ、年末年始の読書に

source : 週刊文春 2021年12月30日・2022年1月6日号

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