週刊文春 電子版

Comedy is the blues for people who ain't sing.(コメディは、音痴にとってのブルースだ) byクリス・ロック

町山智浩の言霊USA 第621回

町山 智浩
エンタメ 映画

 アカデミー賞授賞式でウィル・スミスがコメディアンのクリス・ロックをビンタした。脱毛症で丸坊主にしていた妻ジェイダをクリスが「『G.I.ジェーン2』に出てよ」とからかったからだ。

 だが、そもそも、日本ではクリス・ロックがどんな人物か、ほとんど知られていない。単なる悪フザケの芸人だと思っている人も多いだろう。

 実はクリス・ロックはスタンダップ・コメディアンとしては全米トップ。マイク1本でしゃべるだけのライブで、マジソン・スクエア・ガーデンを3日間ソールドアウトにするほど。その純資産は6000万ドル(74億円)。もちろんウィル・スミスの3億5000万ドル(430億円)には遠く及ばないが。

 この二人のスーパー・スター、比べてみると実に対照的だ。

 ウィル・スミスは1968年生まれ、フィラデルフィアで育った。父はスーパーマーケットの冷蔵庫を設置、管理する会社で成功した経営者。母は名門カーネギー・メロン大学を卒業している。幼い頃から、スポーツ万能、成績優秀、背が高くハンサムなウィル・スミスのあだ名はプリンス・チャーミング(可愛い王子様)。白人の多い高校でも学園一の人気者で優等生。名門MIT(マサチューセッツ工科大学)の入学資格もあったが、18歳でラッパーとして売れちゃったのでMITには出願しなかった。

 ウィル・スミスはデビューしてすぐに20歳でグラミー賞受賞。22歳でTVコメディ『ベルエアのフレッシュ・プリンス』に主演して、これも大ヒット。その勢いで映画に進出。『インデペンデンス・デイ』(96年)と『メン・イン・ブラック』(97年)で続けてエイリアンから地球を救い、どちらも全世界でメガヒット……。まさに順風満帆。

 いっぽう、クリス・ロックの人生は苦難の道だった。1965年に生まれ、ニューヨークの下町、ブルックリンに育った。父はトラック運転手。クリスのきょうだいは7人もいて、生活は苦しかった。地元の学校が荒廃していたので、バスを乗り継いで遠くの学校に通ったが、そこでクリスはイジメられた。彼は背が低く、やせっぽちで、運動神経が鈍かった。音楽の才能もなかった。

 成績も悪かった。後にクリス・ロックはNVLD(非言語性学習障害)と診断された。NVLDは、他者の表情や雰囲気から状況を察する能力に欠けている発達障害。クリスは「空気」が読めず、言わなくてもいいことを言って人を怒らせ、それもイジメの原因になった。ビンタされたのは初めてじゃない。

 イジメに耐えかねて高校を中退。GED(高校卒業資格)を取り、18歳から最低時給で働いた。でも、空気が読めずに言わなくてもいいことを言うことこそ、自分の才能だと気づき、スタンダップ・コメディアンを目指した。長い下積みの果てにアメリカ一のお笑い番組『サタデーナイト・ライブ』に抜擢されたのは、スミスが『ベルエアの〜』で大ブレイクしたのと同じ、1990年だった。

「コメディは、音痴にとってのブルースだ」というクリス・ロックの才能は、内容に規制がない有料ケーブル局HBOで開花した。「『俺はアメリカ人であることが誇りだ』とか言う白ンボども、何を威張ってんだ。てめえを生んだお袋さんのマンコがたまたまアメリカにあっただけだろ!」

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source : 週刊文春 2022年4月28日号

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