『平家物語』によると、平安時代の武将、源頼政は、御所に現れて帝を脅かした怪物を弓で射止めた。それは、頭が猿、手足が虎、尾は蛇の怪物だった。怪物は鵺(ぬえ)と呼ばれた。
鵺は異星からの訪問者だった、とするのが藤子・F・不二雄のマンガ『モジャ公』(1969-70)だ。地球から家出して宇宙をさまよう少年・空夫は彼を父の仇と信じるクエ星人のムエから命を狙われる。なんの心当たりもない空夫に、ムエは空夫が父を殺した証拠の場面を見せる。それは平安時代の日本で、ムエの父ヌエが源頼政に射殺される瞬間だった。
「顔を見ろ、ぜんぜん違う」と訴える空夫にムエは「鏡に映したよりそっくりだ」と叫んで襲いかかる。
クエ星人であるムエには、源頼政も空夫も同じ顔に見えたのだ。どちらも地球人だから。逆に空夫には、ムエとヌエの顔の区別はつかない。
人は、自分と違う人種の人たちの顔の違いを認識しにくい。これをクロスレース効果と呼ぶ。たとえば、白人男性には黒人男性の顔がみんな似たように見える傾向がある。
クロスレース効果は人種に限らない。若い頃はお年寄りの顔がみな似たように見えたのに、年を取るほど若い人たちの顔の見分けがつかなくなる。これは学習と関係しているという説がある。若い子たちと日常的に接している教師には若い子たちの見分けがつき、老人ホームの職員である若者には老人の見分けがつく。見分けがつくかどうかは、そのグループの人達とどのくらい馴染みがあるかのバロメーターというわけだ。
アメリカに暮らしてるとアジア系は他のアジア系に間違われやすい。白人60%、中南米系18%、アフリカ系13%に対してアジア系は5.3%と少ないから馴染みもないのだろう。自分は「ジャッキー・チェンに似てるね」と何十回も言われてきた。スーパーに行っても、タクシーに乗っても、空港のセキュリティでも。「よく、そう言われるよ」と返してきたが、腹の中では「どうせアジア人だから同じに見えるだけだろ。アジア人といえばジャッキー・チェンしか知らないんだろ」と思ってた。
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source : 週刊文春 2022年5月5・12日号