(なかじまかずき 元レーシングドライバー。1985年、愛知県生まれ。96年カートレースデビュー。2004年にF3、07〜09年はGP2からF1へ。ウィリアムズよりF1世界選手権参戦。12年、FIA世界耐久選手権参戦。18〜20年、ル・マンで3連覇。昨年現役引退し現在はトヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパ副会長。)

幼い頃、僕は2年間ほどイギリスに暮らしていたことがあるんです。父がF1ドライバーとして世界を転戦していて、所属していたチームもイギリスにあったからです。
その時期の記憶はほとんどありません。ただ、テレビで父のレースを見ていたのは覚えていますし、母に連れられてサーキットにも行っていたようですね。チームの工場で車と一緒に写っている写真が残っていますから。
昨年に現役を引退し、18年間のレーシングドライバー人生を終えた中嶋一貴さん。父・中嶋悟さんも、日本人として初めてF1にフル参戦したレーシングドライバーだ。
1985年に愛知県の岡崎市に生まれた一貴さんは、世界を転戦する父親のファンの一人だった。
今でも強く記憶にあるのは91年、6歳のときに父の引退レースを見に行った日のことです。場所は豪州アデレードの市街地コースで、スタート時に強い雨が降っていました。2年前、父は雨の中で好結果を出していたので、子供心に期待で胸が膨らんだものです。レースはリタイアしてしまったので、その分だけがっかりしましたけれど。
ただ、僕にとって「レース」を間近で見た記憶と言えば、やはりその日のことです。あの雨と排気の交じり合った匂い……。音も今とはかなり違っていましたから。
僕が育った岡崎市の実家の部屋には、たくさんの父のトロフィーが並んでいましたね。引退して以降は日本に戻ってきて、一緒に過ごすようになりました。まァ、それでもNAKAJIMA RACING総監督としてサーキットを飛び回っていてあまり家にはいませんでしたし、あれこれ子育てに口を出すような人でもありませんでした。
「教えてもらう」という甘えで不合格に。試験で「課題」を見つけることで変化が
初めてレーシングカートにきちんと乗ったのは、小学校4年生の時です。鈴鹿サーキットのレーシングスクールに遊びに行ったとき、「乗ってみるか?」と言われて。そうしたらやっぱり面白かった。
車ってアクセルを踏めば進むし、ブレーキを踏めば止まる、ハンドルを切れば曲がる。自分の動かしたいように動くことが、結局は面白さの原点だと思います。以来、週末には母が鈴鹿まで連れて行ってくれるようになりました。
2001年、高校2年生のときにトヨタの育成プログラム「スカラシップ」を受講する。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
すべての記事が読み放題
月額プランは初月100円
既に有料会員の方はログインして続きを読む
有料会員になると…
世の中を揺るがすスクープが雑誌発売日の1日前に読める!
- スクープ記事をいち早く読める
- 電子版オリジナル記事が読める
- 音声・動画番組が視聴できる
- 会員限定ニュースレターが読める
source : 週刊文春 2022年6月2日号