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When somebody notices your loneliness, common sense just goes right out the door.(誰かに孤独を気づかれた時、常識は消え失せる)

町山智浩の言霊USA 第625回

町山 智浩
エンタメ 映画

 精神科医ハーリーン・クインゼルは、アーカム精神病院に収容された患者のセラピーを行っていた。彼女が担当することになったのは稀代の犯罪者ジョーカー。理由も目的もなくただジョークとして破壊と混乱を引き起こしてきたジョーカーの心の闇を覗き込んだクインゼル医師は、その深淵に呑み込まれた。ジョーカーは彼女に治療されずに彼女を魅了した。それまで化粧っ気もなく地味な服装で優等生として生きてきた彼女はジョーカーによって「解放」され、彼を精神病院から脱走させ、ジョーカーと同じく道化師のコスチュームに身を包み、ハーレイ・クインという名のジョーカーのパートナーに生まれ変わり、バットマンを悩ませることになる。

 映画『スーサイド・スクワッド』でジョーカーを演じた俳優ジャレッド・レトにインタビューした時、彼は役作りのため、ロシアで連続殺人鬼に面会した経験を話してくれた。足かせをはめられた殺人者はまばたきもせずにジャレッド・レトの眼をまっすぐに見つめ続けたという。「殺人犯は他人の財産や生命を侵すように心にも侵入してくるんだ」レトは言う。

 4月29日、アメリカ南部アラバマ州のローダーデール郡刑務所から受刑者が脱走した。副看守長の女性と一緒に。

 脱獄囚はケイシー・ホワイト(38歳)。28歳の時、兄をハンマーで殴って3年の刑を受け、釈放されるとすぐ、殺人未遂、強盗、カージャックなど15件の罪で逮捕され、75年の刑を受け、さらに強盗目的で59歳の女性を刺殺したことで裁判を待っていた。ケイシーは精神異常による無罪を主張。有罪になれば死刑だ。

 彼と逃げた副看守長ヴィッキー・ホワイト(56歳)は同じホワイト姓だが単なる偶然で親戚関係はない。16年間、ローダーデール刑務所に勤務し、看守と受刑者の投票による最優秀看守に去年を含む5回も選ばれており、尊敬を集めていた。

 ヴィッキーは過去に離婚歴はあるが子どもはない。資産価値約24万ドル(約3000万円)の土地と家を持ち、近々退職を考えていると同僚に語っていた。

 その日、ヴィッキーは、ケイシーを精神鑑定のために裁判所に連れて行くと言って、彼をパトカーに乗せて刑務所を出た。その後、近くで乗り捨てられたパトカーが発見された。

 警察が調べると、数日前、ヴィッキーは家と土地を評価額の半分以下の9万5000ドルで売却し、フォードの中古のバンを買っていた。受刑者に聞き込みをすると、ヴィッキーとケイシーは2年前から明らかに「特別な関係」にあったという。

 二人は指名手配され、追跡が始まった。

 日本と違ってアメリカは広い。逃げおおせることもある。

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source : 週刊文春 2022年6月2日号

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