「歌うんですか!? 歌う…」

 プロレスラー蝶野正洋は、藤波辰爾が“幻”の曲「マッチョ・ドラゴン」を今改めて歌うと聞いて絶句した。この曲は1985年に発売された。カッコいいイントロと「稲妻が闇を裂いて 俺を呼んでる~」という力強い歌詞とは裏腹に、力の抜けた藤波の歌声により一部マニアの間でカルト的な人気がある。番組のナレーションでも「超素朴ボイス」、藤波の妻も「見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃう。本当にいたたまれなくて」、蝶野も「禁句ですね」などとその歌唱力をイジり、藤波本人も「あまりうまくなかったのかな?」と自嘲している。

藤波辰爾 ©文藝春秋

 NHKの「レギュラー番組への道」枠で放送された『1オクターブ上の音楽会』は、「歌謡曲全盛の時代に常識を突き抜け、異色の輝きを放った名曲」の制作過程を探るとともに、なんと歌手本人が現在の歌声で歌う会だ。主宰のクターブ・イチヲに扮するのは竹中直人。第1週は、「巨匠たちの大冒険」と題し、演歌界の巨匠・船村徹が手がけた海道はじめの「スナッキーで踊ろう」と大瀧詠一が手がけた金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」を特集して、80歳の海道と67歳の金沢が今も変わらぬ高音を響かせた。そして第2週に取り上げた曲のひとつが藤波辰巳(当時)の「マッチョ・ドラゴン」だったのだ。

 この番組が丁寧なのは曲を“斜め”の目線で面白がるのではなく、真っ直ぐその制作意図や秘話を紐解いていることだ。たとえば「スナッキーで踊ろう」は船村が「新しいロックをつくる」という意気込みで、「断末魔の声、地獄に落ちていくような声……そんなものを作りたかった」と、高音が得意で独特な舌使いを持つ民謡出身の弟子であった海道に歌わせたそう。「マッチョ・ドラゴン」の編曲は「かもめはかもめ」「ヤマトナデシコ七変化」の若草恵、作詞は森雪之丞というヒットメーカー。エディ・グラントの「Boys In The Street」に日本語歌詞をつけ大胆にアレンジを加えたものだった。演奏は原曲よりも「カッコいい」と森は胸を張る。前年、長州力ら主要選手が新日本プロレスから大量離脱した危機を打開するために企画され、「メラメラ燃えるものがあった」と藤波。そんな覚悟で新日の“看板”が歌を出したのだ。蝶野もこう言っている。

「我々にとっては誇りですよね。……聴くまでは」

 それから37年。68歳になった今も現役でリングに立ち続ける藤波。森が「ドラゴン」ではなく「エンジェル」だったと評す歌声で懸命に歌うその曲は今を優しく包み込む。「自分自身が歌っているうちに元気を取り戻した気がします」と充実した表情で語る藤波になんだか元気をもらえた気がした。

『1オクターブ上の音楽会』
NHK総合 放送終了
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=35429

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source : 週刊文春 2022年9月29日号