歴史学者だと言うと人から必ず聞かれるのが、「歴史上の人物で誰がいちばん好きですか?」という質問だ。いや、申し訳ないんですけど、そういう人、いないんです……。あらためて歴史を研究してみると、どんなに魅力的に見える人物でも必ず共感できない一面をもっているし、世間で通用している歴史上の人物の“イイ話”というのも、よくよく調べてみると後世につくられたフィクションであったりする。
たとえ最初は憧れた歴史上の人物がいたとしても、調べれば調べるほど、その人物への「尊敬」や「心酔」「共感」はおおむね冷めていくものである。というか、むしろ歴史学というものは、そういった個人への崇拝や愛着から冷静に距離を置くべきだとすら、いまは考えている。だから、僕たちに「歴史に埋もれたヒーロー」とか「マニアックな歴史のキーマン」みたいな情報を期待するのは、ホントやめてほしい……。
それでも、誰か1人、好きな人物をあげろ、と言われたら、「好き」なわけではないが、「忘れがたい」人物というのは、いなくはない。室町時代の古記録にわずか1ヶ所だけ名前の登場するマイナー中のマイナー人物、元乞食(こじき)の「門次郎」である。
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source : 週刊文春 2022年11月24日号