(ひがしなおこ 歌人、作家)。1963(昭和38)年、広島県生まれ。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』『十階』、小説に『長崎くんの指』『階段にパレット』などがある。2016年、『いとの森の家』で坪田譲治文学賞を受賞。近著に『一緒に生きる 親子の風景』『レモン石鹸泡立てる』。)
大阪から福岡市に引っ越してきた日、両親や姉が荷ほどきをするなか、3歳の私も、たったひとつの自分の段ボール箱を開けました。入っていたのは、スヌーピーの絵本に出てくるような、床に座って弾く小さな赤いピアノです。
それをそうっと取り出して畳の上に置くと、ドタドタと誰かの足音が近づいてきてバシャンと音がし、気づくとピアノの天板が踏み抜かれていました。「犯人」はたぶん隣りに住む二人兄弟のお兄ちゃん。一瞬でバラバラに壊れたピアノを見て、悲しくて悔しくて泣きに泣きました。これが私の人生最初の記憶です。
歌人、作家の東直子さんは、1963年12月に、銀行員の父と専業主婦の母のもとに生まれた。年子の姉と、6歳下の妹との三姉妹の次女として育つ。
生後広島市(当時は安佐郡)の一軒家に暮らし、2歳頃に父の転勤で大阪に引っ越し。「転居が続く子ども時代」が始まった。
福岡市の家は、繁華街から少し離れた大濠公園近くの静かな住宅街にありました。4階建ての社宅の4階、間取りは2DKです。社宅に住む家族は、親たちがみんな知り合いだったので、割と自由に互いの家を行き来し、子どもたちは兄弟のように一緒に遊んでいました。私たちが越して来た日、隣りの男の子はきっといつもと同じようなノリで新入りの家族の様子を覗きに来た。そうしたら、その歩幅とピアノの位置が偶然一致してしまったのでしょう。
家には本好きの父が揃えた、日本の歴史全集、南方熊楠全集、幸田露伴全集、そして子ども用の世界名作全集や偉人伝などが並んでいました。
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source : 週刊文春 2022年12月15日号