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六畳一間に家族5人。貧乏生活でも、くだらないことで笑いあえた。|円 広志

新・家の履歴書 第809回

音部 美穂

連載

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(まどかひろし 歌手、タレント。1953年、高知県生まれ。ロックバンド「ZOOM」での活動を経て、1978年『夢想花』でソロ歌手としてデビューし、大ヒットを記録。その後は関西を拠点に活動し、現在『よ〜いドン!』(関西テレビ)、『かんさい情報ネットten.』(読売テレビ)にレギュラー出演中。)

 

 忘れられない光景があります。まだ小学校に上がる前のこと。夕暮れの時間になると、母は決まって僕の手を引いて海辺に行き、真っ赤に染まった空を見ながら泣いていた。夕日が沈んであたりが暗くなると家に戻るんですが、幼い僕にはその時間がすごく長く感じられて。母の涙の理由が分かるようになったのは、大人になってからのことでした。

 1970年代に大ヒットした『夢想花』で知られる円広志さん。関西のテレビを中心にタレントとしても活躍する円さんが生まれたのは、1953年。両親と一つ上の兄、二つ下の弟と共に高知県安芸郡野根町(現・東洋町)の海の近くで育った。

 物心ついた時には父方の親族と同居していたので、大家族でした。家は昔ながらの平屋の日本家屋で、和室が五つ、台所や風呂、縁側もあったと記憶しています。父は小学校の教師でしたが、実家は農家だったから、毎朝早起きして一家総出で農作業していましたね。

 でも、生活は楽ではなかった。定期的に給料をもらえるのが父だけだったので、大家族を養うとお金が全然残らない。それで、僕が6歳の頃、両親は僕らを連れて安芸郡に隣接する室戸市の吉良川町に引っ越しました。漆喰壁の商家や蔵などの古い町並みが残る美しい町です。

 新居は学校の教師が住む共同住宅で、敷地内に同じ木造平屋の家が数軒と共同トイレ、風呂が並んでいました。台所と六畳間が一つあるだけの本当に狭い家で、夜はちゃぶ台を片づけ、布団を敷いて5人並んで寝る。部屋の隅には父の文机があり、その引き出しで父はなぜか小さなネズミを6匹飼っていたんですよ。

イラストレーション 市川興一/いしいつとむ

 貧乏から脱出したくて引っ越したはずなのに、前にも増して極貧状態でね。食べ物がなくて近くの用水路でドジョウをすくい、それをエサに川でウナギを釣っていました。

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source : 週刊文春 2022年12月8日号

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