1985年、渡辺プロからの独立。休むことなく走り続けていた沢田研二は、初めて半年間の休養を決める。スーパースターの恍惚と、背中合わせにある不安――。最終章、開幕。
マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」、マイケル・ジャクソンの「スリラー」が世界的にヒットした1984年。大晦日の紅白歌合戦で、沢田研二は番組中盤に登場した。噴水のあるセットをバックに、瀟洒な飾りで彩ったピンクの衣裳を着けたジュリーが「AMAPOLA」をワンコーラス歌い終わったところで、爆発音が鳴り、左胸からラメの紙吹雪と赤い液体が流れ出す。紙吹雪は舞い上がり、赤い液体は顔にまで飛び散って、ピストルで撃たれた美しい男をいっそう美しく見せた。
このステージは、血糊のせいで次の次に歌った田原俊彦が足を滑らせたというエピソードを残している。渡辺プロダクションドラマ部にいて、沢田プロジェクトのチーフだった吉岡力は、思い返して苦笑した。
「沢田さんと一緒にジャニーさん、メリーさんに謝りに行くと、メリーさんに『タレントに謝らしちゃ、ダメ』と叱られました」
吉岡は、ジュリーがなぜ紅白でカバー曲である「AMAPOLA」を歌うのかが、腑に落ちなかった。
「その年にヒット曲がなくとも、何年も同じ歌を歌っている歌手はたくさんいるじゃないですか。ジュリーだったら歌う歌はいっぱいあるはずで、加瀬(邦彦)さんたちとも一応検討したんですけど。あの紅白が渡辺プロ最後の紅白であることは、本人も、我々もわかっていました」
ジュリーが公の場で歌うのは、夏のライブ以来のことだった。「AMAPOLA」は、同年9月のリリース。翌月に、日本公開されるセルジオ・レオーネ監督の映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」に流れる名曲で、配給会社の東宝東和から「歌ってみませんか」と声がかかった。
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source : 週刊文春 2022年12月22日号