好きなお家はたくさんあったけど執着はしない。引っ越しは大好きよ。空気感が変わるから。|桜井莞子

新・家の履歴書 第817回

渡辺 紀子
ライフ ライフスタイル

(さくらいえみこ 飲食店店主。1943(昭和18)年、満洲生まれ。83年、日本初のケータリング会社を設立。また、西麻布で「ごはんやパロル」を経営。その後、還暦を機に引退するが、2014年、青山で「のみやパロル」を開店。昨年、自身のこれまでを綴ったエッセイ『79歳、食べて飲んで笑って』を上梓した。)

 

 うちの父は、代々続く由緒ある呉服屋の息子。9人兄弟の末っ子で、「絵描きになりたい」と東京美術学校(現在の東京藝術大学)へ。そのまま画家になるはずが、戦争が始まり、あの李香蘭のいた満洲映画協会で、商業デザインの仕事をしていました。私が生まれたのはその頃です。

 東京・青山にある「のみやパロル」の店主・桜井莞子さんは1943年、満洲で生まれた。そして戦後、母、一歳年下の妹とともに日本に引き揚げ、まず身を寄せたのは群馬県の父方の親戚の家。それから、東京都渋谷区の母の姉の家へ。48年、父の帰還を機に埼玉県浦和市(現・さいたま市)の親戚の家へ移った。

 最初の記憶にあるのは浦和の家です。親戚が子ども部屋として使っていたはなれの茶室に、キッチンと食事ができる部屋を増設してもらって住んでました。家族4人ですから狭いですよ。しかも、父が仕事場として6畳の部屋を占拠してたから、なお狭い。その頃の父は、映画のポスターとか企業の宣伝部の仕事をしてました。朝夜逆転。ほとんど毎晩徹夜で、私たちが学校に行っている間に寝ているという感じでした。私と妹は家に帰ると、母から「お父ちゃまが寝てるから静かにしなさい」とよく言われたものです。小学校を卒業すると、中学は東京のミッションスクールへ。

イラストレーション 市川興一/いしいつとむ

 56年、東京で初めて分譲を始めた公団住宅に母が申し込んだら、渋谷のマンションが当たった。ダイニングキッチンに洋間のリビング、水洗トイレといった、今までにない新しい生活スタイルの家でした。入る前に手を入れて、父の仕事部屋や寝室を全部板の間のワンルームに。真ん中に仕切りを入れて、父が仕事をしてる間は閉める。その隣が子ども部屋で、押し入れがベッドでした。上手に設計していたと思います。

ジャズ喫茶通いに六大学野球の応援。“推し活”に夢中だった青春時代

 中学3年の3学期になると、当時、若者の間で大流行していたジャズ喫茶に夢中に。授業が終わってから、掃除をさぼって、「ACB(アシベ)」「テネシー」「ドラム」などの、4時からの第一ステージ開演に間に合うよう駆けつけていた。

 お友達のお兄さんに連れて行ってもらったのがきっかけで、すっかりハマっちゃって。守屋浩さんがまだウエスタンを歌っている頃。水原弘さんや森山加代子ちゃん、みんな素敵でした。ただ、そのジャズ喫茶通いのせいで素行が悪いと思われて、高校までエスカレーター式のはずだったのに、「うちの校風に合わないので、おやめいただきたい」って言われちゃった。私にとっては最高の青春だったんですけどね。だから、高校は父のコネで別の学校へ移りました。

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source : 週刊文春 2023年2月9日号

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