まだ肌寒かった3月下旬、一緒に勉強会をしている村井章介さん(東京大学名誉教授)や桜井英治さん(東京大学大学院教授)と、滋賀県の甲賀(こうか)に出かけてきた。甲賀といえば、伊賀と並ぶ“忍者の里”として言わずと知れた土地だ。案の定、地元には町おこしのための忍者のポスターや看板などがあちこちに飾られていた。
ただ、あの黒ずくめの扮装で手裏剣を投げたり忍術を使う忍者のイメージは近代以降に作られたもので、実際の戦国時代の「忍び」は諜報・潜入活動専門の特殊工作員や傭兵部隊と言ったところが正しい。戦国大名たちは甲賀や伊賀出身の彼らを雇い入れて、他国との軍事競争に備えていたのだ。織田信長の重臣として有名な滝川一益(たきがわかずます)なども元は甲賀の出身で、その才能を買われて織田家に仕官した人物だった。
では、そんな彼らの故郷は、どんな土地だったのだろうか。甲賀の土豪たちが一揆を結成して、永禄13年(1570)に定めた掟書(全32条)が残されている。それを見ると、あのあたりは地元を統一的に支配する大名もおらず、日常的に土豪や百姓たちの抗争が展開する過酷な土地柄だったことが分かる。
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source : 週刊文春 2023年5月4日・11日号