室町時代から続く伝統芸能に「狂言」がある。狂言は、もちろん現在も多くの人々に親しまれている現役の芸能であるが、僕らのような仕事からすると、室町時代の庶民生活の実像を伝えてくれる歴史資料でもある。そんなわけで僕は、暇さえあれば趣味と実益を兼ねて能楽堂に狂言を観に行くことにしている。

 ただ、狂言と言うと、単純で滑稽な話を例の古風な言いまわしで面白おかしく演じるコントのようなイメージを持っている人も多いだろう。たしかにそのイメージは間違いではないのだが、なかにはかなり深遠なテーマを扱っている作品もある。とくに僕は「川上(かわかみ)」という狂言が大好きで、大学の講義などで事あるごとに「川上」の面白さを宣伝している。今回は、その知られざる名作「川上」の魅力をご紹介しよう。

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source : 週刊文春 2023年6月22日号