【前回までのあらすじ】突如出現した「踊りつかれて」と題したブログは、匿名の投稿で憂さ晴らしをしてきたネット民たちを震え上がらせた。サイトでは、お笑い芸人の天童ショージと歌手の奥田美月に対して誹謗中傷した者や週刊誌関係者ら、八十三人もの氏名や住所、勤務先といった個人情報が晒され、個人攻撃に発展。そして、ここにも一人、新たな被害者が――。
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詰碁の本を脇に置いて、老眼鏡を外す。
碁盤の前に敷いた座布団から「よいしょ」の掛け声で立ち上がり、ダイニングの椅子に腰掛けてホットコーヒーを啜る――小谷義昭(こたによしあき)は自分がこんなに穏やかな老後を送ることになるとは思っていなかった。
独身のまま六十八になり、数年前までは寂しさでこの3LDKの住処が広く感じることもあった。だが今は、週に二度ほど実家の酒屋「リカーショップ小谷」の配達を手伝うほかは、碁会所で真剣勝負に勤しみ、オイルでお気に入りの家具を磨いて、ちょっとした肴と熱燗で一日を締める――というゆったりとした心地いい時間を過ごしている。
コーヒーカップをシンクに置き、映画でも観ようかと思い立ったとき、FAX付きの固定電話が鳴った。掛けてきたのは甥っ子の正治(まさはる)だった。
「さっき店にミワさんって人から電話があってね、至急叔父さんとお話ししたいことがあるって」
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source : 週刊文春 2023年7月27日号