「えっ? 私、負けたの?」
大阪地裁の大法廷。一段高い正面の席で裁判長が判決を読み上げた瞬間、原告席の雅子さんはあっけにとられて口をぽかんと開け、周囲に目を泳がせた。同時に、傍聴席から一斉に「ええ~っ!」と驚きの声が上がった。
「そうか、やっぱりそうなんだ。私、負けたんだ…」
きょうは勝てると信じていたのに。弁護士の先生たちもみんなそう言ってくれていたのに。徳地淳裁判長は、傍聴席の騒ぎがまるでないかのように判決理由の朗読を始めた。雅子さんはじっと耳を傾けたが、裁判長が語る理由はどこかで覚えがある。そうだ。国が裁判で主張してきた内容そのままだ。「国の書面をコピペしたんや」と代理人の弁護士。じゃあ裁判官と国はグルだったの? それじゃあ裁判なんか意味がない。そう思うと耳に膜がかかったようになり、周囲の音がはっきり聞こえなくなった。目も霞がかかったようによく見えない。法廷が抗議の声で騒然とする中、雅子さんは傍らの弁護士につぶやいた。
「先生、さっきから気分が悪くて…」
そう言うなり椅子から滑り落ちるように床にしゃがみ込んだ。弁護士がいたわるように手を差し伸べる。だが裁判長は雅子さんの様子を気遣うそぶりを見せず、ひたすら文面を読み上げ続け、法廷を後にした。後には床にくずおれた雅子さんと代理人の弁護士が残された。傍聴していた記者の一人がペットボトルの水を差し出した。雅子さんはその水を一気に飲み干したが、車いすが運ばれてくるまでその場を動くことができなかった。
◇
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source : 週刊文春 電子版オリジナル