ああ、推しが今日もかわいい。生きていてくれてありがとう。推しが美味しいもの食べているといいな。推しと同じ車両に乗り合わせたら、どうする? あれ、もしかしてこれ、私へのメッセージ!?!? あるある……いやないよ!?となる極端な妄想も含め、一方的に熱くて重いあの感情、狂気とも呼べる偏愛的な思考回路に身に覚えがないはずもない。全オタクよ、推しを持つ者よ、推しと夢で逢うために儀式(どりょく)をしたことがある者よ。『霧尾ファンクラブ』を読んで共感と笑いに震えろ。
女子高生の三好藍美と染谷波は、クラスメイトの霧尾くんが大好き。友人であり恋のライバルでもある2人の会話は今日も霧尾くんのことばかり。霧尾くんとの会話のシミュレーションをしよう! 霧尾くんのおならが爆音だったらどうする? 霧尾くんの涙、なめたくないの? などなど。あくまでクラスメイトに過ぎない霧尾くん本人には近づかず、こそこそと繰り広げるテンポのよい掛け合いと想像のはるか上を迷走する妄想まみれの学生生活はクセになること間違いなし。
「霧尾くんを好きになって 視界に色がついたっつうかさ なんか楽しいって思うことが増えた」という藍美のセリフには思わず赤べこのように頷いた。本当に「それな」が過ぎる。推しは人生の光。
霧尾くんの顔は詳細には描かれないし、彼女たちは霧尾くんの具体的な造形には決して言及しないので、彼の外見は2人の一方通行な妄想から推測するしかない。だからこそ、霧尾くんに己の推しを投影することができ、さらに2人への理解が捗る。というか、私が推しの話をしている時いつもこんな感じなんだ……と思うとゾッとするまである。
タイプは違うのに同じ人を好きというその1点で意気投合し、わちゃわちゃと2人でバカまっしぐらに突き進む、そのバイタリティの眩しさよ。しょうもないやり取りも崩れまくった変顔も、心を許した友人にだけ見せられる素顔だと思えば、霧尾くんへの愛の深さ以上に、藍美と波の仲の良さが微笑ましくてたまらない。
2人を見ていると高校生の頃、親友と教育実習にきた先生のファンになり、授業スケジュールからどの廊下を通るか推理したり、放課後に選択科目でもない物理の質問をしに行ったりした日々を思い出した。あの先生の名前も顔も何一つ思い出せないけど、ただ悪友ときゃっきゃしていた記憶ばかりが蘇る。きっと、あの時間こそが青春だった。
3巻には田代星羅、いやキラリというまさに読者の分身のような眼差しで2人を推すキャラクターが登場。2人に輪をかけてディープかつ健気なオタクっぷりが強烈で、もう一度1巻から読み返すとそれぞれのシーンにしっかりキラリが確認できて二度美味しい。
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source : 週刊文春 2023年11月16日号