『グレーテルのかまど』に渡辺明九段が出ると知った時に「これは手打ち式か」と思った。

 というのも、昨年10月、『クローズアップ現代 藤井聡太 前人未踏の“八冠”何が勝敗を分けたか 秘密に迫る』にゲストとして渡辺明が出た時、番組ラストで司会者から「これから藤井八冠とどのように戦いますか?」と振られて「さあー」。さらに問われてさらに「さあー」。

 放映後、渡辺さんはXで「(自分の対応は)機嫌が悪かったからです」「質問、それだけ?」。オレほど将棋を見る目がありかつ語れる男を呼んでおいてあんな質問しかできないのかよ、ということだったみたいで、将棋界隈でやや炎上したのち、「今後は周りに迷惑をかけないように心掛けて、受けた仕事は誠心誠意、取り組みたいと思います」とポストして騒ぎは収まった。私はその『クロ現』見たけど、30分番組だからしょうがないとはいえ、あまり掘り下げもなく「藤井八冠すごいですね~」的な番組になっていて、確かに渡辺明をわざわざ呼ばなくてもいいじゃないかというものであった。これは渡辺さんが炎上して謝ってコトが収まったが、NHKとしても「元竜王名人の扱いとしては少々アレだった」という反省があったと思われる。そこであらためて「渡辺さんをゲストにちゃんと番組を」と企画されたのでは(と勝手に決めつける)。

渡辺明 ©文藝春秋

 それが将棋番組ではないというのがミソだ。2008年の竜王戦で渡辺明が食べたおやつのチーズケーキをフィーチャーする。当時はまだ「勝負おやつ」ブームもなく、人知れず出されてたおやつであったがその歴史は古く、昔の名人が「なんで甘い物を出さないんだ!」と怒ったとかそういうエピソードなども紹介しつつ、渡辺明は「甘い物が好き」だし、対局中の3時は「おやつの時間」だから「おやつを自分の手番にするか考えたりする」などと語った。こういう話ができるのは渡辺さんならではであろう。

 ただ、おやつが好きでも将棋のほうがもっと好きなので、勝負どころではおやつのことなんか考えてられなくなって「おまかせ」にしたり、あとは「3口ぐらいで食べやすい」「ぼろぼろ崩れない」ことを重視しての「チーズケーキ」セレクト。「チーズケーキに愛は別にない」感じなのが渡辺明らしいクールさでかっこよかった。そのへんが「さあー」にもつながるのかと思わせられる。藤井聡太ではこの尖った味は出せまい(別に要らないか)。

 ……と、どうしても去年の『クロ現』をひっぱって見てしまったが、番組内で瀬戸康史がつくってたチーズケーキが、しょっぱいチーズが入った昔風のやつで、やけに美味しそうだったから今度つくってみたい。

『グレーテルのかまど』
NHK Eテレ 月 22:00~
https://www.nhk.jp/p/kamado/ts/VNWVWYKX3Q/

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source : 週刊文春 2024年3月28日号