「最初の夜がやってきました」……と、尾野真千子が語り出した時、「あ、朝っぱらからどうしたらいいんだ」とうろたえた。

 畳の部屋に布団が2つ並び、枕元には電気スタンドと、盆に載った水差し。女は髪を解いて浴衣の寝巻。男も浴衣。夫婦の初夜。2人は「互いに好ましく思っている」けれど、それより先に「社会的地位を得るため」に結婚したので、恋愛感情や肉欲は横に置いてある。それでも初夜に並んだ布団に寝て、スタンドを消そうと2人の手が触れあったりすると「どきっ」としたりするわけだが、夫のほうは「大丈夫、指一本触れないから」とやさしく言うのである。

 本当かよ!?

『虎に翼』の、主人公寅子(ともこ)と、夫の優三さんの夫婦生活だ。

ヒロイン・寅子役の伊藤沙莉 ©文藝春秋

 何しろ、優三さんがいい人なもので、その優三さんの「いい人さ」につけこんでいる寅子、という批判は簡単だが、たぶんそこは制作側は「無意識につけこむ女」を「意識的に描いている」と思われる。

 だとすると、寅子はいつか「つけこんでいた自分」に気づいて夫婦の関係になんらかの変化が生じるはずなのだが、……とにかく私は優三さんが寅子と「やる」日が来るのかどうかが気になるのだ。いやもうそれしか頭にないと言いたいぐらいだ。それというのも、優三さんを演じる仲野太賀があまりにも「泣かせる俳優」で、いい人であってもクズ男であっても、最後には見ている者をホロリと泣かせる役柄を演じるのが超絶にうまい。優三さんも哀しい退場をするとしか思えない。これから戦争に突入するしどう考えても赤紙が来る。あの優三さんが戦争で悲惨な目(有り体に言えば戦死)に遭わないわけがない。となると、こういう話にはつきものの、死ぬ前に1回だけは……という展開が来るのか、それとも最後までナシのままなのか。そのことばかり考えてしまう。何かあるたびに腹を下したり、机に頭ぶっつけたりする優三さんなので、いざ「できる」ことになっても「うまくいかない」のではないか。いや朝ドラでそんな描写まではせんか……。しかし今までにないヒロイン像で攻めてきているから、「朝からインポを扱うNHK」ということも考えられなくもない。うまく演出すれば、ものすごく感動的な場面になりそうだ。その場合の『あさイチ』の冒頭トークまで想像できる。華大の2人の神妙な顔。

 ……というところまで考えていたというのに、寅子が優三さんの布団のほうに入って仲良く「寝ましょうか」とかいう場面があって、直後、寅子の妊娠が判明してるし! そこ早すぎだよ! 優三さんちゃんとできたのかよ!『虎に翼』、そここそもっと丁寧に描くべきじゃなかったのか!

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source : 週刊文春 2024年6月6日号