1泊3日の弾丸スケジュールで、フランス凱旋門賞へ行ってきた。私の愛馬、シンエンペラーが出走したからである。馬主4年目にして、もう凱旋門賞なんてすごいとみんなに言われるけど、ほんとにそうだと思う。だから私としても、なんとか現地で観戦したかった。
シンエンペラーは2年前にフランスの競りで、日本を代表する調教師、矢作芳人氏が見つけた。全兄が凱旋門賞を勝っている世界的な良血馬で、競り当日は矢作先生に任せて私は日本から中継で見守っていた。価格はみるみる上昇し、210万ユーロ(日本円で3億円超え)で落札、なんとか予算ギリギリだった。この時、現地メディアの取材に対し、矢作先生は「凱旋門賞にこの馬を連れて帰ってくる」と語っている。私は期待を込めて、シンゴジラの「シン」と皇帝の「エンペラー」から、世界的な名馬になっても良さそうな名前を付けたつもりだ。
デビュー戦を楽勝し、昨年秋にGⅢ京都2歳ステークスを勝ち、暮れのGⅠホープフルステークスでは2着、今年の日本ダービーでは3着だった。それでも凱旋門賞参戦を決めたのは、私としては来年を見据えた記念受験のような感覚もあった。
ところが本番の3週前、前哨戦に位置付けた欧州の強豪集うアイルランドのGⅠで好走し、海外での評価が高まり、日本国内でも、もしかしたらこの馬が悲願の凱旋門賞初制覇かもと、期待が高まった。また、日本からの出走が今年は1頭だけになったことで、シンエンペラーに注目が集中することになった。日本では、競馬にあまり詳しくなくても凱旋門賞だけは知っている人が多い。これは恐らく「凱旋門賞」という名前の響きがいいのもあるのだろう。ここで勝つことが日本競馬の悲願とされている、とても注目度の高いレースである。
経験は全て糧になる
そんな中、シンエンペラーは、現地オッズで5番人気、日本国内では2番人気と、なかなかの期待を背負っての出走となった。スタートを五分に決め、目論見通り好位につけることに成功し、道中は前へ行きたがるのを我慢させ、最終コーナーに入る理想の展開、そこから最後の直線、一気に弾け、自慢の末脚を爆発させる。そのはずだった。あれ? どうした……想像していたのと違う、馬群の中で伸びあぐねるシンエンペラーの姿に、私はパリロンシャン競馬場の観客席で絶句した。隣にいた、矢作先生も、厩舎関係者も、取材クルーも、誰も何も言葉が出てこなかった。矢作先生は小さくなって俯いたまま、なんとかして声を絞り出すように「すみません」と私に言った。
結果は12着。敗因は分からないが惨敗だ。当日は重馬場だったけど、パリロンシャン競馬場の重馬場は日本で言えば不良中の不良らしい。実際国内の同距離のレースと比較して10秒も遅かった。スピード決着が多い日本の競走馬には、そもそも不向きだった可能性もある。私は絶句はしたものの、本当は悔しいとか落胆とかそんな感覚はなかった。自分の話で言えば、馬主4年目にしてここに来られただけで快挙だし、苦労したことと言えばスケジュール調整を頑張ったくらいだ。自分の馬とはいえ、お金を出しただけとも言える。それに比べ、矢作先生と厩舎の皆さん、坂井瑠星騎手の心中を察すると、胸が締め付けられる思いがした。
矢作先生は長い調教師人生の中で、凱旋門賞を制覇することを目標に掲げ、今回どれほど本気で勝ちに来ていたか、私には痛いほど伝わっていた。海外遠征にはとんでもなく繊細な段取りと入念な準備が必要で、過去の経験は全て糧になる。その総力を結集して今回の凱旋門賞に挑んでいたのだ。厩舎の皆さんも、1ヶ月も前からフランス入りし、馬と共に過ごし、1ミリでも状態を上げるためならと、献身的にあらゆる努力を尽くしていた。坂井瑠星騎手は、今や日本のトップジョッキーだけど、競馬一家に生まれ育ち、競馬学校を卒業し、世界で活躍するジョッキーを目標に掲げ、ようやく手が届くところまで来た。
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source : 週刊文春 2024年10月31日号