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350人前の但馬牛肉を8分で完売、YouTubeは400万再生超え…「異色すぎる牛飼い」が畜産業界に起こした“革命”

『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』より #2

2022/12/29
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「例えば歯がない牛って放牧に出すと草を嚙めなくて、弱っちゃうんですよ。昔は放牧がすべてだと思ってたけど、今は放牧もするし、肥育するなら牛舎のなかで理想の肥育をする。そのうえで、たくさんの人に喜んでもらえることができたらいいなって変わってきた感じですね。SNSも、みんなが喜んでもらえるものを作るのが楽しいんです」

合計7.3万人のフォロワーができた理由

 田中さんのYouTube『田中畜産の和牛チャンネル』を見ると、『5年モノの蹄を切りました』(約440万回再生)、『「和牛の牛乳」を飲んでみました』(約42万回再生)、『牛の巨大イボを輪ゴムで取っちゃいました』(約41万回再生)などなど、単純に「面白そう!」と感じるタイトルも多い。

 一方で、『放牧場で牛が大怪我をしました』『母牛を死なせてしまいました』『2日連続の死産で思うこと』という重いタイトルも並ぶ。日々の楽しいことだけじゃなく、たまのつらいことも隠さずオープンにする。その率直な姿勢がファンを惹きつけるのだとしたら、やはり「俺のほうがすごい」時代よりも、「プライドをぜんぶ捨てたあと」のほうが、魅力的なのだろう。

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 田中さんのSNSの合計のフォロワー数は7.3万人弱(2022年10月3日時点)。僕が初めて田中さんの取材をした2021年1月には計5万人だったから、右肩上がりで増え続けている。

 昔も今も「変わっていない」のは、経産牛の価値を訴え続けていること。人間でいえば80歳を超える18歳の牛や人間で100歳近い22歳の牛がどれだけおいしく食べられるか、発信してきた。時には、もう引き取り先のない19歳の牛を買い取り、ツイッターに「僕だからこそ価値を作れると思ってる。地元で活躍した牛たちの受け皿になれるよう頑張りたい」と投稿している。これは、今や7.3万人のフォロワーを誇る田中さんの「うちなら売れる」という自信の表れでもある。

 異端の牛飼いは、繁殖農家として理想の牛づくりにも着実に近づいている。

「それまでは、こういう牛を育てたいというのもなかったんです。でも、いろんな先輩に教えてもらって、病気せずにすくすく大きくなる強い子牛をつくりたいというゴールが見えました。そこのすり合わせができて、この3年ぐらいでようやく納得のいく牛がつくれるようになってきたんです。ちょっとは牛のことがわかってきたかな」

 2021年9月、田中さんは子牛品評会の去勢の部で3連覇を達成。2022年9月の市場では、メスの子牛が100万円を超える最高価格をつけた。

 経営学者の楠木建さんは、拙著『ウルトラニッチ 小さな発見から始まるモノづくりのヒント』(2021年/free出版)に寄せてくれた解説で「多くの人に認められるいいモノが先にあるからこそ、SNSが有効になる」と書いている。

 田中さんは自分の仕事に真摯に向き合ってきた。調子に乗ったことも、その反動で苦しい思いをしたこともあったけど、いつもいい仕事をしようともがいてきた。

 どんな時も発信を続ける田中さんの「多くの人に認められるいいモノ」はきっと、その愚直な姿勢だ。

 そして今、誰もが認める「牛飼い」になった。その蓄積と実績があるからこそ、SNSでの発信も説得力が増し、市場では二束三文で扱われる経産牛のお肉が飛ぶように売れていくのだろう。僕もいつか、田中さんが売る経産牛のお肉を食べてみたい。そう思わせる力が確かにある。

350人前の但馬牛肉を8分で完売、YouTubeは400万再生超え…「異色すぎる牛飼い」が畜産業界に起こした“革命”

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