日本には、林業、酪農、農業、漁業などの分野で、これまでにない挑戦をする革命家たちがいる。彼ら彼女らは、食を通じた独自の取り組みによって、地域や社会に新たな可能性を提示している。そして、そうした常識にとらわれない生き方をする稀人(世界を明るく照らす稀な人)を発見・取材し、紹介しているのがフリーライターの川内イオ氏だ。

 ここでは、食を通して地域の可能性を拡げる9人について綴った川内イオ氏の新刊『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』(主婦の友社)より一部を抜粋。SNS総フォロワー数約7.3万人を誇る但馬の牛飼いYouTuber・田中一馬さんの取り組みを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く

但馬の牛飼いYouTuber・田中一馬さんと牛(写真提供=田中畜産)

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SNS総フォロワーが約7.3万人いる異色の「牛飼い」

 人と違う道を歩むのは冒険だ。SNSはその冒険を支えてくれる仲間を作るツールになる。大海原をひとりで旅する稀人たちにとって、強力な追い風になりえる。

 そしてそれは、マーケットの大小を気にせずに地方で生きる選択肢を拡げることになる。

 そんなSNSのポテンシャルを気づかせてくれたのは、高級和牛である但馬牛の産地、兵庫県香美町で和牛繁殖農家を営む田中一馬さん。

 彼はツイッターなどSNSのフォロワーが合計で約7.3万人いる異色の「牛飼い」だ。

 後に詳しく記すけれど、彼は自社「田中畜産」のオンラインショップで但馬牛肉の販売もしていて、SNSで告知すると同時に注文が殺到し、牛一頭分、合計350人前の肉が8分間で売り切れたこともある。それほどのスピードじゃなくても、田中畜産のお肉は常に完売している。

 オンライン販売は中間業者を省いて高品質のものを市場より安く出せるというメリットがあるから、「高級但馬牛を、お手頃価格で!」というイメージを持つかもしれない。

 でも、田中さんのアプローチはぜんぜん違う。彼は、一般的には評価が低い「経産牛(お産を経験した母牛)」に価値を見出し、ほとんど市場に流通していないそのお肉の販売に力を入れているのだ。そのことについて彼はSNSでずっと発信し続けていて、共感した人たちがお肉を購入している。

 実は僕は、田中畜産のオンラインショップで繰り広げられる争奪戦に負け続け、お肉を買えた試しがないから味についてはなにもコメントできないけれど、SNS上には購入者の満足感溢れるコメントが連なっている。

 見方を変えれば、SNSを駆使してこれまでになかった市場をひとりで切り拓いているとも言える田中さん。彼の取り組みはきっと、これからの時代をサバイブするための参考になるはずだ。