日本には、林業、酪農、農業、漁業などの分野で、これまでにない挑戦をする革命家たちがいる。彼ら彼女らは、食を通じた独自の取り組みによって、地域や社会に新たな可能性を提示している。そして、そうした常識にとらわれない生き方をする稀人(世界を明るく照らす稀な人)を発見・取材し、紹介しているのがフリーライターの川内イオ氏だ。
ここでは、食を通して地域の可能性を拡げる9人について綴った川内イオ氏の新刊『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』(主婦の友社)より一部を抜粋。自社「田中畜産」のオンラインショップで、合計350人前の但馬牛肉を8分間で売り切ったこともある但馬の牛飼いYouTuber・田中一馬さんの取り組みを紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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クラウドファンディングのはしり
田中さんは若手繁殖農家、新人削蹄師としてブログに投稿を続けていた。
当時、同業者で自ら情報発信している人は皆無で、田中さんが自由に思いを綴るブログは批判の的になった。「実力も経験もない若造が偉そうに」という理由である。
しかし、一般の人からすれば「牛飼い」の日常は興味深い。次第にPVが伸びて読者からコメントがつくようになり、その反応が嬉しくて、いつしか田中さんのライフワークとなっていった。
このブログの成果というわけでもないが、婚活も実って2007年に結婚。
翌年には娘が誕生した。プライベートの充実ぶりが背中を押すように、その年の8月に前代未聞の試みを始める。
「放牧牛パートナー制度」
これは、経産牛だけではなく、子牛も放牧して育て、グラスフェッドの牛肉になるまでの4年間、年会費を支払ってくれるパートナーを募るもの。毎年1回、牛との交流会に招待し、最後、精肉にする時にはパートナー限定の販売会を行う。これは、畜産業界への挑戦だった。肉牛は、肉の質だけで評価される。耕作放棄地や山林で自然の草を食べながら動き回る放牧牛は健康的な生活で脂肪が減り、赤身の肉が増えるが、日本では脂身のついた肉の人気が高く、ヘルシーな赤身の肉は安値で取引される。
でも、放牧牛の赤身は意外なほどにおいしい。その味を知ってほしい。そう思った田中さんは、現状を打破するために一般の人に放牧する理由や意義について広く知ってもらい、パートナーを募ってサポートしてもらおうと考えたのだ。
そうして自分が手塩にかけて育てた牛の命を、市場を通さず、パートナーに食べてもらうと考えた時、一頭一頭、異なる個性を持った牛の存在も知ってほしいからと、交流会も盛り込んだ。
牛のお肉を精肉して販売するには、食肉販売業の許可が必要になる。そこで田中さんは妻のあつみさんに「肉切りを覚えてほしい」と頼み込み、同年、精肉部門も立ち上げた。