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350人前の但馬牛肉を8分で完売、YouTubeは400万再生超え…「異色すぎる牛飼い」が畜産業界に起こした“革命”

『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』より #2

2022/12/29
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「見返すためにとか、承認欲求のためにいろいろやってきた部分もあったけど、自分の身近に大事な人がいたんだ、ぜんぜん周りが見えてなかったなって気付いたんです。妻だけじゃなくて、『お前、あほか』と言って、僕のことをまったく認めてくれなかった近しい人たちが、離れることなくずっと待ってくれましたし、支えてくれました。そういう人たちがいるから、これまで自由に仕事ができていたんだと思い知りました」

 あつみさんや周囲の助けもあり、1年をかけて回復した田中さんは、足元を見つめ直した。

 それまでは周囲の同業者をライバル視し、大学で勉強したことや最新のセミナーで学んだ海外の技術のほうが優れている、俺のほうがすごいと鼻にかけていた。

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「一度そのプライドをぜんぶ捨てて」地元の繁殖農家の先輩たちに頼み込み、イチから子牛の見方を教わりながら、「自分の牛を見てください」と頭を下げた。

 この時のことを、田中さんはこう表現する。

「もう一回、牛飼いをやり直した感じ」

 畜産業界の常識に染まらず、放牧やブログ、パートナー制度など思い立ったらやらずにいられない田中さんは、地元で浮いた存在だった。

 しかし、うつ病から回復し、肩ひじを張らなくなったことで地元の同業者との距離が縮まり、牛の状態も以前と比べてどんどんよくなった。

 ここから、田中畜産の本当の飛躍が始まった。2016年頃から子牛市場でも安定して高い評価を得られるようになり、「これで食べていける」と自信を得られたという。

写真はイメージです ©iStock.com

ブログで情報発信を始めた意義

 田中さんはツイッターを2010年4月から、YouTubeは2011年2月から、インスタグラムは2015年10月から始めており、今も続けているブログと合わせて4つのメディアを運営する。いち早くブログで情報発信を始めた田中さんは、その意義をこう振り返る。

「やっぱり昔のブログを読むと、考え方が今と違ったりするんですよ。でもずっと自分がなにをしたいのかっていう気持ちを棚卸ししながら、そこでまた次の方向を見るということを繰り返してきました。そういう発信をずっと続けていくことで自分の考えがまとまってきたり、少しずつ熟成されてきたことで、SNSのフォロワーも増えてきたのかなと思います。昔は僕のことをボロクソ言っていた先輩も、今は毎日、僕のYouTubeを観てくれてますし(笑)」

 田中さんの「考え方」が変わったのは、例えば経産牛の放牧に関して。

 20代の頃は「肉牛になる前の数カ月だけでも放牧に出すことで、少しでも持続可能な畜産に近づけよう」という使命感にも似た思いを持っていた。

 今はもう少し力が抜けて、「自分の青臭い理念というよりも、牛にあった飼い方、最終的には食べてくれる人が喜んでもらえるお肉っていう当たり前のところに行き着きました」と語る。