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「それは、言っちゃいけないことになっているので…」“栗城隊”の副隊長が9年越しに明かした“エベレスト挑戦”の真実

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』より #2

2023/03/02

genre : エンタメ, 読書

note

10人以上のシェルパが栗城さんに押さえられていた

 しかし、ここからが違う。マナスルやダウラギリに登ったときは空路だったが、今回は陸路で中華人民共和国チベット自治区に入るのだ。途中、2つの小さな集落に高度順応を兼ねて数泊していた。1つ目はニエラム(3750メートル)、2つ目はシガール(4300メートル)という村だ。シガールでは病院を訪れていた。同行したスタッフが体調を崩して診察を受けたのだ。

 シガールを過ぎると、車窓にチョモランマが見えてきた。車が更に高度を上げると、栗城さんは苦しげな表情で腹式呼吸を始めた。やがて車が停まった。栗城さんは地べたにしゃがみこんで「ウー」「アー」とうめき声を上げていた。

 標高5200メートルのTBC(チベット・ベースキャンプ)に到着。この先、車は上がれない。テントを立て、この標高での高度順応に入る。数日後、ポーターたちが家畜のヤクの群れを伴って上がって来た。膨大な機材と荷物が振り分けられ、ヤクの背にうずたかく積まれていった。栗城さんはスタッフとともにゴツゴツした岩場を登っていく。チョモランマの雄姿が眼前に迫ってくる。

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 目的地であるABCは、標高6400メートル地点にある。

「バンザイ!」

 先に上がっていた数人のスタッフが、栗城さんの到着に合わせて声を揃えた。これに対して「違うって!」と栗城さんがダメ出しをした。

「まずボクがバンザイを言って、その後、みんな一斉にバンザイするの!」

 演出家のこだわりを見せた。

「えっ! 単独なのに、なんでこんなにシェルパ使うの?」

 札幌で山岳会を主宰する佐藤信二さんは、ボチボチトレックのオフィスで、ティカ社長に思わずそう尋ねたことがある。エベレストに2002年、51歳のときに登頂した佐藤さんは、今も毎年ヒマラヤに遠征する。ボチボチトレックの得意客だ。

 どのシェルパがどこの山に入っているか、オフィスに置かれた名簿などからわかる。実に10人以上のシェルパが栗城さんに押さえられていたことに、佐藤さんは驚愕したのだ。

同行したスタッフは約30人

 栗城さんの「単独」は、登山界の常識からかけ離れていた。

 ABCに入ってから、栗城さんのブログにはこんな言葉が頻繁に登場するようになる。

「栗城隊」

 彼のこれまでのブログにはなかった言葉だ。

 しかし映像を見ると、それは確かに「隊」と呼ぶべき陣容だった。

 真っ黒に日焼けした頼もしげなシェルパたち、日本語を流暢に話すネパール人通訳、毎日の食事を賄うコックとキッチンスタッフ、そして日本から同行したBCマネージャー(副隊長)、登山の一部始終を記録する撮影と音声および中継のスタッフ─総勢、約30人。栗城さんが高度順応のためにスタッフを引き連れてキャンプ周辺を練り歩く様子は、さながら大名行列である。

 マナスルやダウラギリにもシェルパやスタッフは数人いた。私は彼らの存在を番組の中で意図的に見せてきた。栗城さんとシェルパがパソコンを囲んでルートの確認をする様子や、気象データを分析するBCマネージャーの姿に、「山に登るのは一人だが、栗城の登山は多くのスタッフに支えられている」というナレーションをつけた。