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「それは、言っちゃいけないことになっているので…」“栗城隊”の副隊長が9年越しに明かした“エベレスト挑戦”の真実

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』より #2

2023/03/02

genre : エンタメ, 読書

note

 栗城さんがメディアやスポンサー、講演会の聴衆に「単独無酸素」という言葉を流布できたのは、このような登山界の曖昧さにも一因があったように思う。

 登山専門誌『山と渓谷』が、栗城さんについて『「単独・無酸素」を強調するが、実際の登山はその言葉に値しないのではないかと思う』とはっきりと批判的に書くのは、2012年になってからだ。

なかったはずのザイルが

 栗城さんが9月9日、標高6400メートルのABCから7000メートルのC1を目指して登る映像を、私は編集用のテープにダビングしながら見つめていた。

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 栗城さんは登るのに苦労しているようだった。

 その様子をABCから望遠鏡で見つめていたのが、副隊長として同行した森下亮太郎さんだった。

「下から見ると懸垂氷河(岩壁にへばりつくように形成された、脆くて崩れやすい氷河)があって、大丈夫かなあ、かなり危ないぞ、って心配しながら見てたんですけど、そこはどうにか自力で登りました」

 しかし栗城さんはC1には届かず、標高6750メートル地点に荷物をデポ(体力的な負荷を軽減するため、荷物をルート途中に置いておくこと)してABCに下りてきた。ABCを担当するカメラマンがその姿を撮っている。

 私が《オヤ?》と思ったのは、その後に収録されたカットだった。

 大きなリュックを背負った2人のシェルパが、山を上がっていく姿が記録されていたのだ。

 次のカットは、その2人が下山する場面だった。かなり時間が飛んだようで、上がったときとは空の明るさが全然違う。通訳が出てきて、2人と何か言葉を交わしていた。

 私は、この映像の意味するものがさっぱりわからなかった。しかし、しばらくして謎は氷解した。

 登山のその後の映像に、真新しいザイルが映っていたからだ。

『単独』ではないことを認める

《シェルパが登ったのはこのためだったのか……》

 この年、チベット側のABCに他の登山隊はいなかった。ザイルはあの2人のシェルパが張ったとしか考えられない。栗城隊長が登りやすいように。

 他人に張らせたザイルを使って登る……これは明らかに「単独」登山を逸脱しているはずだ。

 2019年1月、私は森下さんに9年ぶりに会うことができた。森下さんはこのときの「工作」について話してくれた。

「あのザイルは本来、撮影隊のために張ったんですよ」

 ABCからは尾根が邪魔をして、ルート全体は見渡せない。追えるのは標高7000メートルのC1までだ。C1は「ノースコル(コルは鞍部。稜線上にある馬の鞍のように窪んだ場所)」にあった。当初からこのC1まで撮影隊が上がって、その先の栗城さんの登山をカメラに収める計画だったという。

「でも実際、栗城も2回目からはそのザイルを使って登っていますから。『単独』ではないですよ」