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「100円で買い取った怪談話」で日本トップ10の音声番組に…尼崎で「怪談売買所」を開く男性店主の半生

source : 提携メディア

genre : ビジネス, ライフスタイル

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すでに家族、親せき、友人からひと通り話を聞いていた宇津呂さんは、大胆な行動に出た。名刺を作り、自身の作品が掲載された『恐怖箱 超1-怪コレクション 彼岸花』を持ち歩きながら、道行く人に声をかけ始めたのだ。

名刺を渡し、本を見せて自己紹介して、「なにか怖い体験、ありませんか?」。当然のように大半の人に眉を顰められ、イヤな顔をされる。しかし、新人怪談師も必死だ。公園でのんびりしている人、土手を散策している人、銭湯でくつろいでいる人などあらゆる人に話しかけた。

「嫌な顔をされるのが、もう辛くて。だから、最初のひとりに声かけるのが、すごく勇気いるんですよ。でも、そのひとり目に逃げられると吹っ切れて、ゾーンに入るんですよね(笑)」

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突然、見知らぬ人から「怖い体験をしていたら教えてほしい」と言われて話す人がいるのだろうか? それが意外にもいるらしく、「例えばこんな話がありました……」と、犬の散歩をしていた老人から聞いたという話を披露してくれた(気になる方は、怪談売買所へ)。

こうして綱渡りをするように新しいネタを仕入れながら、年に4、5回ほど怪談ライブに出演した。生計を立てられるような収入はなかったから、収入の柱はアルバイトだ。

「完全に怪談の方に意識を振り切っているんで、仕事は二の次、三の次なんですよね。人生設計なんて、なにもないんですよ。怪談ができたらそれでいい、と思っていました」

怪談ライブでつながった大学教授との縁

怪談師を名乗り始めて2年、仕事にも慣れた宇津呂さんは「自分でもやってみよう」と思い立ち、怪談ライブを主催した。これが想像以上にうまくいき、「夢想」を現実にするきっかけになる。

イベントを主催する側になると、企画、告知、集客、当日の運営などを担うため、必然的に複数の人と仕事をするようになる。また、イベント当日は主催者として来場者と挨拶を交わす機会も多く、自然と交友関係が広がっていく。

怪談ライブを始めてから知り合ったのが、尼崎にある園田学園女子大学の教授で、怪談が大好きな大江篤さん(現学長)。大学で「シャッター通りの三和市場を再生するにはどうしたらいいか」というテーマで授業をしていた大江教授の提案で、2010年から2カ月に一度、屋台を並べたイベントを開くことになった。1年目の夏は大江教授と学生たちが怪談を披露したのだが、2年目の夏、「プロを呼ぼう」ということで、宇津呂さんに声がかかった。