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全国各地のライブ会場に出没、家の前まで付いてくる、彼女かのような手紙を郵便受けに…上田晋也が体感した“熱狂的お笑いファン”のリアル

『赤面 一生懸命だからこそ恥ずかしかった20代のこと』より #2

2023/12/03
note

スクラップブックと一緒に「さようなら」と書かれた手紙が

 それからも、「おっ、今日は珍しくT美ちゃんライブに来てなかったな?」と思って家に帰ると、郵便受けにT美ちゃんからの手紙が入っており、「ゴメンねー、今日忙しくてライブ行けないんだー! 週末のライブは行くねー!」と、完全に彼女の距離感の手紙が入っていたりした。(いや、俺の家に来る時間があるんなら、ライブ会場に来いよ!)と思いながらも、家に来ることを阻止する術もなく、それからもちょくちょく郵便受けに手紙が入っていたり、なんの記念日でもないのに、ドアノブにはプレゼントがぶら下げられ、折り紙で作った飾り付けが施されたりしていた。そして貼り紙には“晋也お帰り”や“晋也お疲れ”などの、デカデカと貼り紙にする必要のまったくない文字が書かれていたりした。

 時には“晋也今日どうだった?”と疑問形で終わってる日すらあった。

(家に来ることはなんとかやめさせないといけない、いよいよ一度強めに怒らなきゃダメだな)そんなことを考えていたある日のこと。仕事を終え家に帰ると、ドアノブに袋がぶら下がっている。(ん? またT美ちゃんが来たのかな?)ため息をつきながら、袋の中を見ると、分厚いスクラップブックが6冊入っている。なんだろうと思い、中のページをめくると、我々海砂利水魚がデビューした時からそれまでの、雑誌でのインタビュー記事やライブ、学園祭のチラシなどがほとんど全部、綺麗にファイリングされていた。そして、それらのスクラップブックと一緒に一通の手紙が入っていた。母親の字以上に見慣れたT美ちゃんの字でひと言、「さようなら」と書いてあった。

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 なぜなのか理由はまったくわからないが、ファンをやめたらしい。T美ちゃんも社会人になるくらいの年齢で、就職を機にお笑いライブ通いを卒業しようとしたのかもしれないし、単に私を応援することに飽きたのかもしれない。

 一体何があったのだろう、こうなると私のほうがT美ちゃんのことが気になって仕方がない。今度は私がT美ちゃんのGPSになってやろうか、と思ったくらいだ。それまでは、正直言ってうっとうしいなと思うことも時にはあったが、ものすごく淋しい気持ちになった。

 T美ちゃんは、それ以降宣言通り一切姿を現すことなく、忽然と消えた。私はこれをきっかけに「さようなら」という言葉が大嫌いになった。パクチー、ピクルスと同じくらい嫌いだ。コーヒーはもっと嫌いだ。