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未解決事件を追う

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

『死体は語る』#6

2024/05/03

source : 文春文庫

genre : ニュース, 読書, 社会, サイエンス

note

 封筒に貼ってある切手には、恐らく支店長の唾液がついているだろうとの推測からである。本妻側が、切手についている唾液の血液型鑑定をしてもらうよう、裁判所に申し立てをしたのはいうまでもない。

 裁判長は束ねられた封筒の中から、無選択的に10通を取り出し、別の医大の法医学教授に、血液型の鑑定を依頼した。相手方の有力な証拠物件を逆手にとった、巧妙な反撃であった。無論、洗面具セットごと3本の毛髪も同時に鑑定に出された。裁判の成り行きは、鑑定いかんにかかっていた。

 親子の区別はきわめて論理的で、血液型が遺伝形式に適合していなければ否定される。法廷でもこの医学的判断によって、裁かれるのは当然である。

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チャップリンの親子鑑定

 ところが、アメリカでのチャップリンの親子鑑定は違っていた。企画、演出、監督、そして主役の俳優から音楽まで、彼一人で器用にこなし、今なお世界中の人々の感動を誘う名作を次々に発表してきたチャップリンは、まさに偉大な天才的芸術家に違いない。とはいえ、その彼もこと女性に関しては、まことにだらしなかったようである。

 1943年、彼は以前同棲し一緒に映画をつくっていた女優から、子供の認知をするよう訴えられた。血液型の検査で、チャップリンはO・MN型、女優はA・N型、子供はB・N型であった。MN式血液型から親子関係は適合していたが、ABO式血液型からは、OとAの間からBの子供は生まれないので、医学的にチャップリンは、その子の父親ではなかったのである。ところが、裁判ではその事実は無視されて、子供の父親と認定され、養育費として毎週75ドル、弁護士料5000ドルを支払うよう命じられた。

 日本と違って、アメリカは陪審員制度による裁判である。一世を風靡したチャップリンの生活、その豊かな経済力にひきかえ、捨てられた女優は貧しい生活に戻っていた。アメリカ国民の同情もあったのだろう。1年近くの同棲期間中は、妻と同じように生活を共にし、チャップリンを支えてきた女性である。それを捨てて、次から次へと華やかに女性遍歴を繰り返す男に対する市民の怒りが、実子ではなくても、その祝福されない子供と女性のために、男としての責任を果たすべきであると宣告されてしまったのである。

 この裁判は、日本人の感覚では割り切れないものを感じるが、それはともかく、ロンドン生まれのチャップリンは、当時の文明国アメリカに批判的であったし、主義主張も違っていたから、アメリカ政府から嫌われ、彼自身もまたアメリカ嫌いになって、ついにヨーロッパに移住した。その重要な動機の一つに、この裁判はなったといわれている。

 さて、裁判所の鑑定依頼があってから5ヵ月後、教授の鑑定書が裁判所に提出された。毛髪はA型であった。