文春オンライン

未解決事件を追う

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

『死体は語る』#6

2024/05/03

source : 文春文庫

genre : ニュース, 読書, 社会, サイエンス

note

さらなる真相が明らかに

 その夜、弁護士は相談にのってくれた法医学の教授と銀座のバーで飲んでいた。負け戦を勝利に導いてくれたお礼をかねての祝賀会であった。

 子のない支店長は、愛人との関係から子宝に恵まれたので、うれしくてたまらない。その子を自分の子と信じて疑わなかった。それ故に子の成長を喜び、送金をたやすことはなかったのである。

 裁判が終わり、事実が明らかになった今、その男の子は一体誰の子なのだろう。ミステリーが残った。

ADVERTISEMENT

 教授は尋ねた。

 さすがは弁護士さんである。調べはついていた。

 十数年前、支店長と交際が始まる直前まで、彼女は年下の男と交際があった。1ヵ月くらいの間、彼女はこれら二人の男性と関係をもっていたのである。このオーバーラップした1ヵ月の間に、彼女は若い男と別れて支店長を選んだが、そのときすでに彼女は身ごもっていたのである。

 妻以外の女との出会いで、無精子症の自分も子宝に恵まれたことを、この上なく喜んだ支店長は、子を溺愛した。若い男の存在など、知るよしもない。

 彼女もまた、支店長の喜びと愛にはぐくまれ、いつしか年下の男のことを忘れ、支店長との間に生まれた子として、育ててきたのである。

 皮肉にも、裁判が終わってはじめて、子供の父が支店長ではなかったことを知らされる結果になった。祝福されない子を持った女も、また哀れであった。

医学的判断と人情論の間で

 人間社会の乱れた生活の中で、親子の関係を決めるのに、医学的判断を優先するのか、それとも人間としての生き方、人情論で決めるべきなのか。

 無精子症の話とチャップリンの話。この極端な日米の違いを対比させ、もう少しよい知恵はないものかと、私はいつも思うのである。

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

死体は語る (文春文庫 う 12-1)

上野 正彦

文藝春秋

2001年10月10日 発売

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春文庫をフォロー