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未解決事件を追う

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

「夫は無精子症だった」亡き夫の愛人に隠し子の認知を迫られ…妻が執念で見つけた“決め手の証拠”とは――昭和事件簿

『死体は語る』#6

2024/05/03

source : 文春文庫

genre : ニュース, 読書, 社会, サイエンス

note

どちらに軍配があがるのか

 封筒の切手は、10通のうち7通からA型の反応が出た。しかし、残る3通は血液型の反応はなかった。切手は糊か水などによって貼られたものと推定された。結局、切手を貼った人はA型と判断されたのである。

 以上の鑑定から、支店長はA型で、O型の愛人との間からB型の子供は、決して生まれない。A型の夫は、親子関係を完全に否定されたのである。

※写真はイメージです ©tsubaki/イメージマート

 愛人側の提出した骨と肉はB型で、親子関係があると肯定され、本妻側の毛と切手はA型で、親子関係がないと否定される。

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 この結果は、あまりにも自分たちに都合よすぎて信憑性に乏しい感じがしない。とはいうものの、双方とも鑑定人は権威ある法医学者であり、鑑定に誤りがあるなどとは到底考えられない。裁判長は、そのいずれかに軍配をあげなければならないのである。

 そこで裁判官は骨と肉、毛髪と切手の4つの鑑定物件の中で、支店長と認定されてよい物件はどれかを再検討する作業に入った。まず骨と肉は飛び込みの現場で、愛人自身が拾ってきたというが、時間的にも地理的にも無理があって、支店長そのものとは考えられない。別人のものを後日用意したなどと、あらぬ疑いをかけてみる余地がないわけではない。いずれにせよ、骨と肉の信頼度は低かった。

 毛髪はどうだろう。支店長の洗面具セットの中の、櫛についていた毛であるというが、どれほどの信憑性があるだろうか。たとえば他人がその櫛で頭をとかしたことはなかったか。あるいは故意にA型の人の毛をそこに入れて裁判所へ提出しなかったか。疑えばいくらでも疑う余地はあった。

最もふさわしい「物件」は?

 残る切手の唾液はどうか。生前、支店長が愛人宛に月々現金書留として送金していたもので、この封筒は二人の関係を見事に立証した重要な証拠物件であった。しかも、二人の関係は十数年来、誰にも知られることはなかった実績を考えると、彼はひそかに封筒の宛名を書き、舐めて切手を貼り、郵便局へ行き、秘密裏に送金していたに違いない。支店長という地位にあっても、このことについては部下に頼んだりはしなかったろうと思われるのである。

 こう考えると、4つの鑑定物件の中で最も支店長にふさわしい物件は、封筒の切手に付着していた唾液以外にないのである。裁判長は、唾液の鑑定結果を採択した。

 支店長の血液型はA型と判断され、愛人の子供との間に親子関係はないと結論を下したのであった。

 本妻側は逆転、勝利をおさめた。