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「正しくない」恋愛は「正しさ」と紙一重かもしれない

作家・島本理生が語る「恋愛という物語」

どうして「正しくない恋愛」があるのか?

——官能的な場面も、もちろん多くありましたけど、島本さんには方法論のようなものがあるんですか?

島本 性愛描写は、むしろ勘や感覚に近い部分で書いてます。

——触感を大事にされているのかと思ったんですが、どうですか。たとえば「濡れた食用菊を口に含んだときのように」(「氷の夜に」)とか。

島本 そうですね。小説って本当に言葉だけのものなので、どう読者の五感に訴えるかが重要だと思っていて。それは恋愛小説の醍醐味でもあるかもしれません。ほかの場面をあげると、「あなたは知らない」の中で、主人公の瞳が、ホテルで浅野の足の裏を拭いてあげるシーンがあるんです。普通、人の足の裏ってあまり触りませんよね? 触感と同時に、そこまでする彼女のほうが彼のことを「好きすぎる」ということを、その一場面に込めました。

お店に揃っている「秋鹿」

——そんな島本さんが、うまいなって思う恋愛小説はなんですか?

島本 何度も読み返す短編があって、それは江國香織さんの「とろとろ」。恋人の男性のことが好きすぎて、バランスを取るために、たくさん浮気相手をつくる女性の話です。一見、メチャクチャな理屈じゃないですか、好きすぎるから浮気するって。でも、不思議と腑に落ちて、なにより恋愛感情なんて、はなから全ての人にわかってもらわなくていいんだという潔さが感じられて、とても好きです。

——正しくない恋愛。

島本 正しくはないですよね。でも、正しいって言ってしまったら、そこで物語はおしまいなんじゃないかな。正しければいいのであれば、この世には正しい物語が一つ存在すればそれでいいことになる。現実はそうじゃないから、人の数だけ物語があるので。……ああ、その意味ではミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』はすごかったです。

 

人は、どうしようもない

——どうすごかったんですか。

島本 夫婦の不毛と不条理。男女の分かり合えなさ。その全てがこの作品に詰まっていました。こちらは男性の方が、とにかく息を吸うように浮気するんですね。特定の女性を愛したら、他の恋人たちへの裏切りになるからと思いつつも、一人の女性と結婚することになり、苦しみながらも一緒にいるという。もう、どうしようもないんですよ。でも人は、どうしようもない。

——どうしようもないですよね。

島本 作品に描かれている女性の姿は、私自身にも重なるかもしれないし、私の親の姿かもしれない、友達夫婦の姿かもしれないし、隣のテーブルにいる男女の姿かもしれない。とにかく、この世のあらゆる男女に当てはまるであろう不毛や苛立ち、絶望、分かり合えなさ、そして愛のどうしようもなさが言語化されていました。