文春オンライン

「正しくない」恋愛は「正しさ」と紙一重かもしれない

作家・島本理生が語る「恋愛という物語」

note

再婚して「二人で一緒」というお金の感覚が生まれた気がします

——面白いですね。お金と小説の関係。

島本 そうですね。あと、お金の話って面白いなって思うのは、だいたいそこから幸せが生まれるよりは、大抵、悪いほうに行くんですよね(笑)。だから私自身、お金って人間関係を作るよりも、壊す危機感をはらんだもの、という気持ちで書いているかも。しかも家族のように近しい関係のほうが、愛情が絡む分、よりブラックボックスになりやすい。良い意味でも悪い意味でも、強く記憶に残る出来事には、お金が絡んでいることも多い気がします。

1杯目にいただいた「別嬪」(左)

——島本さんにもそんなお金エピソードがあるんですか?

ADVERTISEMENT

島本 私の場合は……あ、むしろいい話のほうですが(笑)。再婚するときに、子どもが生まれるので家を買おうという話になったんです。それでお互いに貯金から出したんですけど、私はもしものときのためにもちろん少しは手元に残したんです。ところが夫のほうは「今、これだけあるから全部あげる」って。それで、本当に全額、使っちゃったんです。私、びっくりして、「なんて欲のない人だろう」って、なんだか感動したんですよね。お金って、使い方で、すごくその人の個性や性質が出るのも面白いところだと思います。

——夫である作家の佐藤友哉さんは最初の結婚相手であり、再婚相手でもあるわけですが、夫婦のお金感覚は初婚時と再婚時で変わりましたか?

島本 最初のときは完全に折半で、お互いの収入も知らないし、好きなように自分たちでお金を使っていました。なのでそれぞれが、一人で生きていってしまえるようなところがあったんですよね。再婚してみると、新しい家族ができたこともあってか、二人で一緒のお金という感覚が生まれた気がします。

「空気を読む」と、恋愛のしかた

——島本さんは「恋愛小説家」と称されることも多いですが、この時代の恋愛を描く難しさってどのあたりにありますか?

島本 いわゆる王道の恋愛というか、お互いにパートナーがいない男女が、積極的に結びつくというような恋愛の総数はやはり減っているのかな、と。一方で、「正しくない恋愛」を含め、恋愛や夫婦の形は多様化していると思うので、かならずしも共感できる物語という正解はないのが、難しさかもしれないですね。

 

——野木亜紀子さん脚本の『獣になれない私たち』は、いろいろ相手を忖度しちゃったり、自分で壁を作ったり、優しすぎたりという、ある種ストレートに進まないもどかしさを抱えた恋愛ドラマでもあったと思うのですが、こういう形も現代ならではというか。

島本 そうだと思います。「空気を読む」という言葉が浸透し始めた頃から、相手の期待に100%応えなきゃとか、自分だけ浮いて恥をかきたくないという雰囲気が強くなってきていると思うんです。だから恋愛から離れがちな人が多くなった面はあると思います。

——なるほどですね。

島本 個人的には、恥をかかないで恋愛はできないと思うんです。空気を読むことは自意識を抑制することにもつながるので、それだと、少なくとも、内面をさらけ出すような恋愛はしづらいのかもしれないですね。

——空気の読み合いが恋愛の不自由を生む感じは短編にあったと思います。言いたいけど、言わないでおくとか。自制する感じとか。違うお酒、いきますか。

島本 せっかくなので、「あなたの愛人の名前は」に出てくる秋鹿をいただきたいですね。これもお燗で、お願いします。