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元PASSPO☆槙田紗子「ももクロ夏菜子ちゃんを研究しなさい」と言われたアイドル時代

槙田紗子さんインタビュー#1――アイドル戦国時代を振り返る

2018/12/30

「他のグループを全部潰す」くらいのガッツで

――PASSPO☆は対バンライブに強かった印象があります。

槙田 対バンの時のPASSPO☆は「戦闘機みたい」と言われてましたよね。みんなガッツがあって、負けず嫌いしかいなかったんですよ。いま教えてるグループに対して「ガッツが足りてないな」とめっちゃ思ってます。他のグループを全部潰すくらいの気持ちで対バンに出ないと、この世界で生き残ることはできない。PASSPO☆の時は本当にそう思ってましたから。「全グループ殺しにいくぞ」くらいのオーラを放っていた(笑)。それに、当時はグループの数がいまほど多くなかったから、頑張れば頑張っただけ結果がついてきたんです。

――2010年から12年くらいまでの対バンライブは新鮮な組み合わせが多くて、それぞれに対抗意識もあったと思います。

槙田 仲良くするのもいいけど、そのグループのファンを奪いなさいよ……と思っちゃうんですよ。一緒に写メを撮ってる場合じゃないでしょって(笑)。

――2011年5月4日に『少女飛行』がオリコン1位を記録しました。

槙田 運も実力の内ですからね(笑)。

――震災の影響で発売が延びて、その分リリースイベントもできたんですよね。解散ライブで『少女飛行』が売れたことに感謝していてよかったなと。『少女飛行』のヒットが呪縛になっていた部分もあったと思うので。

槙田 逆に、「『少女飛行』がなかったら」と想像すると恐ろしいですもん。何も残してないグループになっていたかもしれない。芸能界ってまず引っかかりがないと見てくれない。「オリコン1位」という引っかかりがあるなんてラッキーでしたよ。

 

「アイドルと事務所にはチーム感が必要」

――『少女飛行』からガクッと落ちたわけではなく、ちゃんと売れ続けて。2012年に中野サンプラザ、2015年にはTOKYO DOME CITY HALLでライブをしています。ただ、それ以上の会場となると日本武道館になってしまうのがもどかしいなと。5000人規模の会場が少ないので。

槙田 単純に武道館でライブをやってよかったんじゃないかと思ってるんです。「なんで守りに入ってるんだろう」と思ってましたから。無理してやることじゃないけど、他のグループの武道館ライブが続いた後、「満を持して」という形ならアリだったのかなと。PASSPO☆はアイドルに詳しくない人でも聞いたことはあるグループだから、「一番大きい会場はどこだったの?」と聞かれて「TDC」と答えると、「もっと大きいところでやってると思ってた」といまだに言われるんです。「武道館でもやれたと思うけど、タイミングを逃したんだよね」と返してます(笑)。

――とはいえ、活動が静かだなと感じた時期もありました。

槙田 スタッフの変動が激しいのも一因だったと思います。

――いわゆる大手芸能事務所のほうが安心感はありますが、会社だと人事異動の影響で方針が変わったり、担当者のやる気のあるなしが表に出ることがありますよね。

槙田 どこの事務所でもある問題だと思います。だからWACK(渡辺淳之介がつばさプラスから独立して立ち上げた事務所でBiSHやBiSが所属)が強いんですよ。WACKは渡辺さん率いる「チーム」じゃないですか。現場のマネージャーが変わることがあっても、ボスは変わらない。どのグループも少なくとも売れるまではチーム感が必要だと思うんです。PASSPO☆は振り付けの竹中先生と作詞作曲のペンネとアラビアータさん(阿久津健太郎)という体制が変わらなかったので、チーム感はあったと思うけど、レーベルのユニバーサルが外資系だったのでそのスタッフさんはけっこう変わりました。そこにブレが生じたこともあったと思います。

写真=川しまゆうこ

#2へ続く)

 

まきた・さこ/1993年生まれ。2009年ぱすぽ☆のメンバーに選ばれデビュー。2011年『少女飛行』でオリコンチャート、週間ランキング初登場1位に。2015年末にPASSPO☆を卒業。現在は振付師、女優として活躍。

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