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2019/01/12

「お前ら、全員7時に食事会場に集まれ!」

 そういえば、あの時もそうだった。あれはプロ3年目、鎌ヶ谷での日本ハムとの二軍戦。20点取られて負け、試合後のミーティングは珍しく田代さんが激怒した。

「お前ら、今日の夜、全員7時に食事会場に集まれ!」

 普段怒らない人の怒った時ほど怖いものはない。全員、書きもしないくせにコンビニでノートを買って、戦々恐々として食事会場に集まった。誰一人口を開く者はいない。重すぎる空気の中、田代さんが入ってきた。大量のビールとともに。

「おう、揃ったか。よし、今日は飲め。俺たちはプロ野球やってんだ。こんな日もあるだろう」

 大量にテーブルに運ばれくるビール。緊張が一気に緩和し、その落差が激しすぎてしばし混乱する。そんな中、田代さんは立ち上がる。

「みんな、ひとつだけ約束してくれ。俺は、愚痴の酒は飲まない。明日の酒を飲もう。乾杯!」

湘南シーレックス監督時代の田代富雄

 翌日の試合は、16点取って勝った。試合後のミーティングは、いつも以上にニコニコしながら、「やっぱり、酒の力はすげえなぁ」と言って終わった。そんな田代さんがみんな大好きだった。だからこそ、2010年に球団を去ることが決まった時はショックだった。

「やっぱり俺は、見る目ねえなぁ」

 夏の終わり、寮の中庭でバーベキューを行った。すでに田代さんの退団は決まっていたため、お別れ会の要素も少し入っていたと思う。田代さんはいつも通り、二階堂の緑茶割りを飲みながら気持ちよさそうに酔っていた。会の終わり、締めの挨拶に立った。こういう会で、田代さんは滅多に喋ろうとしない。それでも、この日だけは特別だった。

「みんな、俺は今日酔ってる。酔ってるから、長くしゃべるぞ」

 わざわざつけた前置きが、赤く揺れる炭火の炎に溶けていく。

「プロ野球選手になるって、すごいことなんだ。俺は今年で辞めていくけど、みんなもいつか必ず辞める日が来る。その時は、プロ野球選手になれたということを誇りに思って、胸を張って辞めていってほしい。そして、俺はホント、見る目ねえからな……来年からは違う監督だ。だから、チャンスも増えるからみんな頑張れ。そう、俺は見る目がねえんだ」

 そう言って、ゆっくりと梶谷の方を向く。

「カジ、まさかお前がな。いや、お前が入ってきた時、悪いけどプロのレベルじゃねえって思ったよ。そんなカジがなぁ。ホントすごいなぁ。やっぱり俺は、見る目ねえなぁ」

 そう言って声を震わせる田代さんにつられ、梶谷も、横で聞いてた私も涙が止まらなかった。

 横須賀での最終戦は、試合後に田代さんを胴上げすることになった。誰からともなく作られた輪の中に恥ずかしそうに押し込まれ、スタンドでは田代さんの現役時代の応援歌をファンが大合唱していた。

「みんな、ありがとな……。俺は、寂しいよ」

 輪に入る直前に言った一言に、みんなが泣いた。誰も望んでいないけれど、これがプロ野球。何も言わずに出て行くのは、田代さんなりの横浜への礼儀だった。

 あれから8年。田代さんは楽天で日本一を経験し、巨人で岡本を見事に育て上げた。そんな田代さんが帰ってくる。

 クライマックスシリーズで盛り上がる中、横浜ファンは今シーズンを振り返り、愚痴の一つも言いたくなるだろう。それでも、横浜には田代さんが帰ってくるのだ。どうか、愚痴の酒は飲まず、明日の酒を飲もうじゃないか。横浜の未来は、こんなにも明るいのだから。

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