私は夫と「性生活がない状態」を望んでいると気づいた
仕事人として危機に瀕した2人が、「性」によって生き長らえる姿は象徴的だ。「どうして話し合わないんだという批判があるのはその通り」とこだまさんは言うが、この夫婦は、答えの出ない話し合いでお互いを傷つけるよりもよほど律儀に、自らの「生」と「性」を引き受けようとしている。
「でも決着をつけてこなかったから、ずっと考え続けてしまうという点はあるかもしれません。書いているうちに気が付いたのは、自分は夫との間に〈性生活がない状態〉を望んでいるんだということ。でも、それでは夫婦としてどうなのかという悩みはつねに抱えています」
本の構想が思い浮かんだのは、学級崩壊をきっかけに退職後、持病をこじらせ、長期入院していたとき。
「徐々に進行していく病気で、いつ動けなくなるか分からないといわれています。でも自分が惨めだとは思いません。むしろ、世の中から隔離される機会を得たおかげで、いろいろと考えることができた」
夫の前では〈引きこもり生活をしている妻〉を演じ、夫が仕事に出かけている間に黙々と執筆を行うという二重生活を送っている。
「『いつ自分の作家生活が終わるかもしれない』という緊張感はつねにあります。本が売れたと喜ぶよりも、その結果、家族に知られてしまうかもしれないという恐怖のほうが勝っている。どんなに締切が迫っていても、夫が帰ってきたら普通の家庭生活を送らないといけない。仕事で上京するときは、実家に帰るとか友人と会うとか言っている。綱渡りのような生活です。たまにストレスで耳が聴こえなくなります。実家の親からは『あんたは家にいるだけで何も役に立たない』と言われるので、『本当は私なりに頑張っているんだよ』という気持ちはあります。でも、それも書くと決めたときから覚悟していたことなので」
こだまさんは「書くことで前向きになれた」と語る。ならば、なぜそれを共有できない夫と、夫婦として続けていくのだろうか?
「人として、一緒にいて楽なんです。夫のどこが好きなのかとよく聞かれるんですが、教員として仕事をする夫のことを尊敬しています。私にないものを持っている。性生活はなくても、生涯一緒にいたいと思えた人です」
夫は気がついているのでは?
「それが一番良いけれど、そんなわけがない。出会い系のことや、夫の風俗通いのこと、すべて書いていますから、受け止めてもらえる自信はありません。でも真実味のあるものを書きたい。罪悪感まみれになりながら、実体験に基づいたものを綴っていきます」
普通の夫婦なんて、もともとありえない。そもそも普通なんて概念も――。そう思えてくる一冊だ。
こだま 2014年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が話題となる。17年、扶桑社から単行本化。18年の漫画化(ヤンマガKCより発売中)に次いで、19年は連続ドラマ化(Netflix・FODで配信)も決定。2作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)で講談社エッセイ賞を受賞。