「週刊文春WOMAN」が「後世に残っていってほしい」と考える現代の傑作を紹介する「現代の古典」第1回は『夫のちんぽが入らない』。2017年の単行本発売から1年半で文庫化され、すでに累計23.5万部突破のベストセラーとなっているものの、率直すぎるタイトルに、手に取ることを躊躇っている女性もいるかもしれない。
「私自身、実生活では下ネタはもちろん、ちんぽという言葉も口にしたことのない人間です。だからこそ、自分から一番遠いこのタイトルにすれば家族にバレないんじゃないかと考えたというのはあります」
そう語るこだまさんは、地方都市在住の40代女性。14年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が話題となり、17年に作家デビューした。
物語は、生まれ育った最果ての集落を離れ、〈私〉が東北のとある地方都市の大学に進学するところから始まる。トイレとシャワーが共有で、20部屋のうち半分近くが空室という年季の入ったアパートで、入居当日、一学年上の青年に声を掛けられる。不器用な〈私〉を放っておけないとでもいうように、荷ほどきを手伝い、食事を共にし、スポーツニュースを一緒に観て、添い寝をする青年。〈私〉は、彼の告白とセックスを受け入れる。
〈でん、ででん、でん。 まるで陰部を拳で叩かれているような振動が続いた。〉
なぜ愛情のある夫とはできないのか
だが、ちんぽが入らなかったのである。そこからの涙ぐましい努力と、それでも入らなかった十数年の歩みを、こだまさんは赤裸々に、でもどこか軽妙な筆致で綴っていく。
「私は人前だとうまく話せない人間なんですが、文章なら周りを気にせず、端的に思ったことを書けちゃうところがあって……。でも、覆面で匿名だからここまでさらけ出せたんです」
高校の社会科教師になった青年と、小学校教師になった〈私〉は、ちんぽが入らないまま結婚する。ジョンソンベビーオイル、メロンの香りのローション……。友人にも親にも医者にも相談することなく、自分たちのやり方でちんぽと格闘する2人。やがて、受け持ちのクラスが学級崩壊したのをきっかけに自殺願望が生まれた〈私〉は出会い系を利用するようになり、一方、優秀な教師だった夫も、仕事のストレスに悩む中で風俗通いが頻繁になり、パニック障害と診断される。
「あの頃は逃げ場のように出会い系の予定を入れてしまっていました。一番不本意だったのは、夫でない人とは“できた”ということ。自分は異常ではなかったんだとほっとする反面、なぜ愛情のある夫とはできないんだろうと複雑でした。
でも、おかしな時期を経たことで、夫婦生活がなくても、夫が風俗に行っても、『入らない』というこだわりから徐々に解放されたんです」