成長できる場所を
中国地区大学野球連盟は4部構成で1部リーグを中国六大学野球と呼ぶ。そのリーグ戦を観に行くと、いくつか驚きがある。イニング間にいきなり乃木坂46の曲が流れ始めた。プロのような演出だが、これは各投手が指定した曲をかけているそうだ。さらに最終週の倉敷マスカットスタジアムでは各打者の打率がスコアボードに表示される(スピードガンの表示がされる会場は増えたが、打率まで表示されるのは東京六大学野球くらいではないか)。
すべては「より励みになる環境で」という思いだ。だからこそ「使用料がかかるのに、余計なことをするな」と当初は反対されても、大学のグラウンドではなくスタジアムの使用にもこだわってきた。
「スタジアムで野球ができないと選手の励みにならないと思います。それにこの子たちが神宮(全国大会)に出た時に緊張して圧倒されてしまうくらいなら、良い球場でやらせてあげたいんです」
また、そこで「恥をかいて欲しくない」という思いからマナーにも厳しい。球場外でキャッチボールをしたり、スパイクのまま外に出ていく選手を見かけた時は厳しく注意する。また、ある時に連盟代表で出場した某大学が東京の大監督を野次り激怒させてしまったことがあったため、ベンチ・スタンドは一切の野次を禁止している。
亀澤には身だしなみを何度も叱りつけた。当時4部リーグから急スピードで1部に昇格してきた環太平洋大(※以前の記事で紹介した野村昭彦監督は就任前)の主力選手だったが、金髪をスプレーで黒染めしたり、襟足の髪が首を隠すほど長いこともあった。ある時は「外せ」と注意したブレスレットを再び付けたため、怒りが頂点に達した。「本人を殴るわけにはいかなかったので」と本人の目の前で怒りを込めて近くにあった木の幹を殴り、自身の手が折れた。
そんなやり取りの中で、なつくようになっていた亀澤に対して「野球が上手いから続けなさいよ」と励まし、進路を相談された際は四国アイランドリーグを紹介した。
香川オリーブガイナーズ、ソフトバンクの育成選手を経て中日で活躍を遂げてからは倉敷でのオープン戦などでたびたび再会。その成長を微笑ましく見守っている。
野球人生はこれからも
5年ほど前から体を壊して目が悪くなり、肺の機能も低下。体重も大幅に増えた。それでも「5年生存率は50%と言われましたけどクリアできたので、また次に何か起きても大丈夫でしょう」と快活に話す。
今はグラウンドの様子はほぼ見えないが、そうしたハンデもあるからこそ選手データの覚えは早くなった。「普通にできていたことができないのは嫌ですし、できないことをできるようになるのが面白いんです」と、どこまでも前向きだ。
未婚で子供はいないが、たくさんの“子供たち”や仲間がいつも「麻里さん」と呼びかけてくる。
「20代の頃に結婚を考えていたんですけど、裏切られましてね。でも結婚していたら、これだけの人と野球を通じて繋がることはできなかった。どちらが良いか悪いかは分かりませんけど(笑)」
どんな会話でも最後は笑って終わる。その癖はどんな時でも変わらない。だからこそ、多くの人々に愛され、多くの人々を“手なづけて”きたのだろう。
喜びも悲しみも、常に野球とともに歩んできた波瀾万丈な人生は、これからも野球とともに彩られていく。
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