日本のリバタリアニズム事情とは?
学生サークルのフィールドワークを皮切りに、リバタリアニズムの理論的支柱の学者の話を聞き、アメリカ政府や議会にも影響力を持つシンクタンクを訪ね、アメリカの国境を越えて存在するリバタリアンたちのネットワークも取材した。
「興味深いのは、リバタリアニズムのフタをあけてみると、その中味が非常に多種多様であることです。政府なんか一切必要ないという過激なアナキズムを提唱する人もいれば、政府によるベーシックインカムを支持する人もいる。凝り固まった教条主義的な匂いがなく、考えを異にする人々を攻撃し排除する原理主義的な色合いも希薄でした。私はこういう人々の交流をテーマ・コミュニティと呼んでいますが、地理的なコミュニティとは違い、その縛りがゆるいだけに、アメリカだけでなく世界に広がる可能性もあると思います」
中国にもリバタリアニズムを研究するグループがあるという。そうなると気になってくるのは、本邦のリバタリアニズム事情だ。
「これぞ! というコミュニティはまだ見当たりません。やはり歴史的背景の違いが影響しているのでしょう。アメリカは建国以来、様々な『自由』を求める真剣な議論や戦いが続けられてきました。私自身はリバタリアニズムに対して賛否の心情はありませんが、教えている学生たちを見ていると、リバタリアニズムの発想に親和的な若者は増えてきている印象があります」
右翼だ左翼だ保革だなんだを吹っ飛ばすかもしれないリバタリアニズム。渡辺さんが活写する新しい政治の潮流に、触れておいて損はない。
わたなべやすし/1967年、北海道生まれ。ハーバード大学大学院博士課程修了。専攻は社会人類学。慶應大学環境情報学部教授。2004年『アフター・アメリカ』でサントリー学芸賞を受賞。著書に『沈まぬアメリカ』『〈文化〉を捉え直す』など。